9月初旬、大阪府の交野市と箕面市を訪れた。日経Linux11月号の特集「いまこそWindows完全脱出」の取材のためだ。交野市は市役所の職員が使うオフィスソフトとして「OpenOffice.org」を全面的に採用。さらに一部のパソコンでLinuxディストリビューションの「Xubuntu」を導入している。箕面市は市内すべての小中学校でLinuxディストリビューションの「Ubuntu」を実装したシンクライアントを導入した。

 “フリー”で利用できるオープンソースソフトウエア(OSS)だが、企業や自治体での用途はサーバー向けが中心。デスクトップ向けOSSでもWindowsに劣らない機能や使い勝手を持つものが数多く公開されているにもかかわらず、それらを採用する企業や自治体はほとんどない。SIベンダーがサポートするOSSの導入・運用保守支援サービスも、中心はサーバー向けだ。

 参考になる導入実績もなければ、SIベンダーの手厚いサポートも受けられない。そういう状況であっても、交野市と箕面市はデスクトップ向けOSSの導入に踏み切り、そして成功させた。これを支えたのは、現場担当者の強い熱意だった。

市長と市議会議員に直談判

 交野市役所がOpenOffice.orgを導入したきっかけは、市民から寄せられた投書だった。「なぜ無償で利用できるOpenOffice.orgを導入して、行政のコストを削減しないのか」。2009年4月のことだ。「財政危機」と言われるほどの厳しい財務状況に直面している交野市に対する、市民からの意見だった。

 この投書に反応したのが、情報政策を担当する総務部情報課の天野勝弘係長だ。天野氏は早速、最新版のOpenOffice.orgと米Microsoft社のオフィスソフト「Microsoft Office」(MS Office)を検証。双方の互換性と使い勝手にほぼ問題がないことを確認するとすぐに、OpenOffice.orgの全面導入を市長と市議会議員に提案した。

 実は、交野市役所にはそれより2年前の2007年、OpenOffice.orgを導入して失敗した過去があった。当時のOpenOffice.orgはMS Officeとの互換性が低く、職員からは「使い物にならない」と酷評されたのだ。結局、いったん導入したOpenOffice.orgを「MS Office 2007」に置き換えざるを得なかった。

 互換性や使い勝手に問題がないとは言え、別のアプリケーションに乗り換えるわけだから、今回も同じ失敗を繰り返す可能性がある。そのため「トップダウンで強力に推進しないとうまくいかない」と天野氏は考え、市長と市議会議員に直談判したのである。

 トップを説得するのに天野氏が強調したのは、フリーのOSSを採用することによるコスト削減ではなく、ファイル形式の統一だった。OpenOffice.orgのファイル形式は、国際標準規格の「ODF」に基づいている。当時、JIS規格の策定作業も進められている最中だった。天野氏は将来にわたって利用できる“安心感”をプレゼンテーションで訴えたのだ。

 MS Officeについては、Microsoft社が独自に策定するファイル形式を採用していて、メーカーの考え次第でデフォルトのファイル形式までも変えられてしまうことを指摘。事実、MS Office 2007ではデフォルトのファイル形式が変更され、導入時に現場の職員が混乱したという経緯があった。

 「役所の公文書を将来に渡って読み書きできるかどうかが、一企業の取り組みに左右されてしまうのは問題ではないでしょうか」。天野氏の問題提起に、反対の声は出なかった。