IT業界に新しい流行語がやってきた。「ビッグデータ」である。巨大なデータを、高度なデータマイニング手法によって深く分析し、その結果を活用する。そうすることで、専門家でさえ気づかない事象の変化への対応や、人を介さない意思決定が実現可能になる。ネット企業でなければ難しかったビッグデータの活用は、最近になって一般企業にも可能になってきた。そのためビッグデータの注目度が、一気に上がっている。

 ビッグデータの活用は、米グーグルや米フェイスブックといったネット企業にとっては、企業競争力の源泉である。例えばグーグルは2010年6月の学会「ACM Symposium on Cloud Computing(SOCC)2010」で、同社が自社開発した分散バッチ処理基盤「MapReduce」を使って、月間94万6460テラバイト(2010年5月時点)というデータを処理していることを明らかにした。グーグルは毎月、エクサバイト(1000ペタバイト)に相当するデータを処理することで、Web検索サービスのほか、各種のクラウドサービスを実現している。

 グーグルがビッグデータに挑み始めたのは1990年代後半。当時は膨大なデータ処理を実行するためのソフトが存在せず、MapReduceや分散ファイルシステム「Google File System(GFS)」などを独自に開発せざるを得なかった。今は状況が全く異なる。MapReduceやGFSを模したオープンソースソフトウエア(OSS)である「Hadoop」の成熟度は高まり、あらゆるITベンダーがビッグデータを支える製品やサービスの提供に血眼になっている。一般企業がビッグデータに挑戦するための環境は、急速に整いつつある。

 既に、ネット企業のやり方を参考にしながら、ビッグデータをビジネスに活用し始めた企業もある。具体例は、日経コンピュータ9月15日号の特集「ビッグデータ革命」で紹介しているので、ぜひともご覧いただきたい。見逃せないのは、クラウドを活用することで、重い投資を必要とせずに、ビッグデータに挑戦できるようになったことである。

ユーザーの目的地をカーナビが予測

 例えば自動車メーカー大手の米フォードは、ユーザーの目的地を予測して、最適な燃料配分をユーザーに提案するというプラグインハイブリッド車用の走行システムの開発に、グーグルのクラウド「Google Storage」を使用している。

 目的地まで予測する走行システムが必要なのは、欧州の都市には近い将来、ガソリンエンジンの使用を制限する「環境ゾーン(グリーンゾーン)」が設置される予定だからだ。プラグインハイブリッド車のドライバーは、環境ゾーンに入る前にバッテリーを使い切らないよう、細心の注意を払う必要がある。走行システムがユーザーの目的地を予測し、環境ゾーン内での走行を加味してエネルギーを配分してくれれば、ドライバーの負担はそのぶん軽くなる。

 このような走行システムを作るには、ドライバーの移動履歴を分析し、その時々の時刻や場所から次の目的地を予測する必要がある。フォードは移動履歴の分析や、ルートの予測計算などに、Google Storageを使用する。

 まずプラグインハイブリッド車は、GPS(全地球測位システム)センサーなどを使って算出した自身の走行履歴を、Google Storageにアップロードする。Google Storageには、蓄積したデータからパターンを見つけ出したり、そのパターンを使って未来の状態を予測したりする機能を備えている。この機能は、「Google Prediction API」というWebサービスAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)を通じて、外部のプログラムから利用できる。

 フォードの走行システムは、目的地や燃費パターンを予測する際に、このAPIを利用して現在のプラグインハイブリッド車の情報を送信し、クラウド上で計算した予測結果を受信する。処理はすべてクラウドで実行するので、カーナビに高性能なプロセッサを搭載する必要はない。

ビッグデータの活用パターンは三つ

 フォードの走行システムは、ビッグデータを活用することで、「近未来の予測」を実現した例だ。日経コンピュータの特集では「近未来を予測する」以外に、「異変を察知する」「今を描き出す」というシナリオも紹介した。例えば、業務で発生する様々なイベントの記録を取得し、そこから「正常な状態」や「異常な状態」を示すパターンを見つけ出す。これらのパターンを使って、新たなイベントが発生した際に、異常がないかを判断するようなシステムが実現している。

 ビッグデータの活用によって、ビジネスにどのような革新をもたらせるかについては、10月12日から開幕する「ITpro EXPO 2011」のパネル討論会でも議論する。12日(水)夕方の「ビッグデータが変えるビジネス、社会」では、EMCジャパン、日本IBM、日本オラクルのパネリストを招き、このテーマについて討議するので、ぜひともご参加いただきたい。