グローバル展開を強化しつつあるユーザー企業の話。最近は進出した現地に情報システムは置かず、すべて日本国内のデータセンターからプライベートクラウドの形で提供するという。日本のITベンダーからすると理想的パターンだ。なんせ従来なら外国で実施されたはずのIT投資まで日本国内に落ちる。これなら産業空洞化も怖くない。しかし残念ながら、このままでは済まないようだ。

 実は、この企業の経営者は次の展開を考えている。数年以内にプライベートクラウドをアジアのどこかに移すことを検討しているのだ。そうすることによって、システムの運用コストが劇的に下がる。これまでは海外事業の急速な立ち上げを支援するために、システムを日本国内に置いていたが、それがひと段落すれば、なにも高コストの国内にシステムを運用することはないからだ。

 この経営者がそのことに気付いたのは、クラウドの“お陰”という。以前なら海外拠点のシステムはそれぞれの拠点にあり、システムに関する“立地”は海外拠点の立地そのものだった。しかし、クラウドという形でシステムを集約したために、システムそのものの立地戦略を検討できるようになり、この経営者はITコストを激減させる施策に気付いた。経営者から言うと、まさに「お陰さまで」である。

 別の企業の経営者もプライベートクラウドの海外移転を検討している。こちらはコスト削減よりも、むしのBCP(事業継続計画)の観点からだ。日本国内には地震から逃れ得る場所は無い。そのために、従来は非常用発電機の完備した堅牢なデータセンターの中にシステムを納めてきたわけだが、従業員が被災して出社できなければ意味が無い。そして出した結論は、地震の無い海外へシステムを移転することだった。

 こうしたユーザー企業の取り組みは、それぞれの企業にとっては合理的なものだ。しかし、多くのユーザー企業がそうした最適行動を取れば、必然的に日本のIT産業は空洞化に直面する。少なくとも、ITベンダーが国内で今の雇用水準を維持することは不可能になるだろう。もちろんITベンダーもグローバル化を急がないといけないが、それだけでは日本国内の事業は縮小する。

 さて、どうするのか。付加価値の低いバックヤードのシステムの開発や運用に関しては、コスト競争力の面で海外には絶対に勝てない。汎用製品の生産を海外に移転している製造業などのユーザー企業と全く同じ理屈で、ITベンダーも今後そうした“汎用サービス”については海外に出すしかなくなるだろう。

 ただし、産業空洞化を引きこしてもグローバル化を急ぐユーザー企業といえども、画期的な製品やサービスを生み出す研究開発機能は日本国内に残している。つまり、イノベーションは、高付加価値の製品・サービスに大きなニーズのある日本で生み出そうとしているわけだ。

 こうしたユーザー企業の取り組みを見習うなら、ITベンダーも日本をイノベーションの拠点にしたほうがよい・・・こう書いてきたが、改めて日本のIT産業の現状を考えると、状況は非常に厳しい。なんせ、イノベーションを米国企業にアウトソーシングしてきたようなITベンダーばかりだから。日本発のイノベーションってあり得るのか。やはり日本国内のIT市場は縮小するしかないのだろうか。