2007年12月、海上自衛隊の横須賀基地に停泊中の護衛艦「しらね」で火災が発生した。出火場所はCIC(Combat Information Center:戦闘情報センター)と呼ばれる区画であるが、夜間のため勤務員はすべて退出していた。

 異臭に気づいた当直の乗組員が消火作業を開始した時点では、既にCIC内部には熱気と煙が充満しており、自力での消火は困難な状態となっていた。横須賀市消防局の応援を仰いで8時間後にようやく鎮火したが、CICは全損となった上に、放水によって階下が冠水し、電子機器類にも大きな被害が生じた。

 「しらね」は、海上自衛隊の作戦活動において中心的役割を果たすヘリコプター搭載型護衛艦で、横須賀を本拠とする第1護衛艦隊の旗艦を務めていた。それほど重要な艦が、この火災により一年間も行動不能となってしまった。海上自衛隊にとって、まさに痛恨の不祥事であった。

 この火災事故の火元は、飲物を温める冷温庫と判明した。米国製機器を多数装備している護衛艦では、艦内の電圧を米国式の115ボルトに設定している。しかし、問題の冷温庫は国内向けの100ボルト仕様だったため、長期間にわたって使用を続けているうちに出火したものと推定されている(ちなみに、Made in Chinaである。かの国では、電化製品にまで愛国心が宿っているらしい)。

なぜ私物が持ち込まれたのか

 この事故を未然に防ぐには、米国式の冷温庫を購入するか、あるいはコンセントに変圧器を取り付ければよかった。そうした簡単な対策が、どうして行われていなかったのだろうか。

 実は、この冷温庫は官品ではなく、CICの勤務員が艦内に持ち込んだ私物だった。つまり、公式には「存在しない物」であったために、海上自衛隊では特段の管理措置を取らなかったのだ。ちなみに、「しらね」のCICには、冷蔵庫も私物として持ち込まれていたが、やはり変圧器は装着されていなかった。

 CICとは、いわば護衛艦の頭脳に相当する部署である。航海中には24時間休むことなくレーダーや無線通信などの情報を収集・分析し、いざ有事となればミサイルなどの各種兵器を操作する。

 その勤務員には何よりも集中力が要求されるが、膨大な情報を絶え間なく処理し続ければ、次第に神経疲労が蓄積されることは避けられない。そこで、缶コーヒーなどの飲物を摂取して、頭のリフレッシュを図っていた。問題の冷温庫や冷蔵庫は、こういった飲物を温め、あるいは冷やすために使用されていたのである。

 それでは、こうした機器を官費で購入しなかったのは何故だろうか。これは、「職務である以上、それをきちんと遂行するのは当たり前だ」という財務省お得意の精神論に基づき、飲料の摂取は組織と無関係の個人的行為と位置付けられているためだ。そこで、「裏技」としてCICの勤務員がお金を出し合って冷温庫等を購入し、上官もそれが私物であることを承知しながら黙認していたというわけだ。