ある大企業の経営者の話を聞く機会があった。リーマン・ショックに伴う突然の市場の蒸発で、世界規模のリストラに迫られた時の話だ。リストラのためには全世界の生産拠点のパフォーマンスなどを知るための基礎データがいる。日本国内のデータはすぐに集まったが、海外のデータを集めるのには月単位の時間を費やした。会計システムが統一されていなかったからだ。

 まるでERPの重要性を示す教科書的な事例のようだが、実際の話だ。リーマン・ショックのような経営環境の激変に直面した際、リストラで局面打開を目指そうとして、その基礎となるデータの取得に長時間かかるようでは、機を逸する恐れがあり相当厳しい。この経営者は、グローバルで統一された情報システムの必要性を痛感したという。

 日本企業のグローバル化が進む中で、ITベンダーは以前からグローバル統一システムの必要性を訴えていたが、ユーザー企業の反応はイマイチだった。その理由は簡単。多くの企業にとって、そうしたシステムは戦略性に乏しいからだ。

 例えば製造業。一昔前は国内で生産して、海外に輸出していた。そのうち低コストで生産できる立地を求めて、発展途上国などに生産拠点を設けるようになった。こうした企業のグローバル化は、あくまでもオーガニックな成長が原則。経営者からすれば、各国の拠点が部分最適の権化として頑張ってくれれば、それでよかった。即座に各拠点のパフォーマンスが分かるシステムなど、無くても構わなかったわけだ。

 さらに最近、新興国など海外の新たな市場を取り込むためにグローバルなM&Aに取り組む企業が増えているが、事情はオーガニックにグローバル展開をしてきた企業とそれほど変わりはない。企業を買うばかりで、自らの事業を売る機会があまり多くないのならば、やはり買収した企業も含め各国の拠点が部分最適で結果を出してくれれば、とりあえずはOKだ。

 もちろん、そのままでは経営のパフォーマンスが悪いから、最近ではオーガニックに成長してきた企業も、M&Aを繰り広げてきた企業も、業務プロセスの標準化やITインフラの統合を目指すようになった。ただ、経営課題全般から見ると緊急性は必ずしも高くないので、多くは中長期的課題と位置付ける。

 では、冒頭の企業のように緊急のリストラに迫られた場合はどうか。事業や資産の切り離しは、戦略性が高く痛みの伴う経営判断。その際には、まさにビジネスインテリジェンス、経営判断に必要な決定的な情報が不可欠だ。ただ、一度きりの判断だけのためなら、ビジネスインテリジェンスを即座に吐き出すシステムは不要だ。そう言えば、リーマン・ショックも「100年に一度」と言われていたし・・・。

 問題は、昨今の経済状況をみると、リーマン・ショックはどうやら100年に一度ではないらしいということだ。グローバルでの経済・経営環境の激変は頻繁に起こり得ると考えたほうがよい。その際、企業はどう対処するのか。冒頭の経営者は、事業ポートフォリオを動的に組み替えることで対応するとしている。そのために、グローバルでのシステム統合も進めていくという。

 確かに、事業ポートフォリオを常時入れ替えていくとなると、ERPやBIシステムの戦略性は極めて高くなる。そう言えば米国企業の経営者は、企業を買収したり、事業を切り離したりしてポートフォリオをいじるのが仕事みたいなものだから、ERPやBIに関心が深いのは当然のことなのだ。

 さて、ここでITベンダーは勘違いしてはいけない。日本企業の経営者のすべてが事業ポートフォリオの組み替えを好きになるわけではないし、その必要もない。経営者は、戦略性を持たない限りITに関心を示さない。また、どのようなIT活用が戦略性を持つかは企業によって違う。ERPやBIシステムを売るのに夢中のあまり、そのあたりのことをゆめゆめお忘れなきように。