「社会人全体の文章力が落ちている。原因は企業の現場で文章指導を止めたことだとみている。ある銀行の幹部に『文章を書けない人は仕事で苦労するし周囲に迷惑をかける』と持論を説明したところ『まったく同感』と言われた。その方は若い頃、融資の稟議書を支店長に提出すると『こんな文章で金を貸せるか』と怒鳴られ稟議書を目の前で破かれたという」---。今回は少し趣を変え、対話形式でSEと文章力について考察する。

 「きちんとした文章を書けない人は仕事で苦労するし周囲に迷惑をかける。私が30年以上かかわってきたソフトウエア開発やプロジェクトマネジメントの世界においてこの事は間違いない」

 「要件定義書にせよ設計書にせよソフトウエア開発の各工程で生まれる成果物の大半はいわゆる『ソフトウエア文章』ですからね」

 「プロジェクトマネジャは大量のソフトウエア文章を読む。だがSEが書いた文章が文章になっていないことがしばしばあって修正指示を出さざるを得ない。経験から言うとプロジェクトマネジャの仕事のざっと3割が文章の修正に関わるものになってしまう」

 「開発プロジェクトの生産性に大きく影響します」

 「間違いがあるソフトウエア文章を見逃したままプログラムを開発してしまうと後で作り直しになり生産性は大きく下がる。こうならないようにプロジェクトチームのリーダー達はメンバーが書いた文章を査読する。それでもおかしな文章がプロジェクトマネジャまで上がってくるのでマネジャがまた査読する。プロジェクトの実態はこうなっている。逆に言うとSEの文章力を向上できれば開発の生産性を引き上げられるはず」

低下するSEの文章力

 「7年前からソフトウエア文章のあり方を研究し文章作法の研修を始めたそうですが」

 「ざっと3000人近いSEやその上司にソフトウエア文章作法について研修する機会に恵まれた。とはいえ日本のSEの総数を考えたらまだまだ。しかも研修を受けたSEの文章力を見ると6、7年前より今のほうが低下している。研修前と研修後に文章を書かせて講師の私が採点しているが7年間の記録を見ると点数は年々下がっている」

 「なぜでしょう」

 「ソフトウエアの世界に限った事ではなくて社会人全体の文章力が落ちている。原因は企業の現場で文章指導を止めたことだとみている。ある銀行の幹部に『文章を書けない人は仕事で苦労するし周囲に迷惑をかける』と持論を説明したところ『まったく同感』と言われた。その方は若い頃に支店長から厳しい文章指導を受けそれが『今の自分の財産』だと話していた。融資の稟議書を支店長に提出すると『こんな文章で金を貸せるか』と怒鳴られ稟議書を目の前で破かれたという」

 「稟議にかけてもらわないと融資ができないから大変だったでしょう」

 「融資を急がないと取引先が不渡りを出し潰れかねない。そんな状況であっても支店長は『駄目だ』と稟議書を投げ返してくる。書き直して持っていくたびに叱られる。周りの先輩達が見かねて手伝ってくれる。最後の最後で支店長を納得させ融資を実行してもらったそうだ。銀行に限らず一昔前の企業はみんなこうだった」

 「20年くらい前に外資系コンピュータメーカーの営業部長に取材を申し込んだら『平日は無理だから日曜に来い』と言われたことがあります。日曜に訪問すると誰もいない事務所で応対してくれました」

 「営業部長なら日報処理かな」

 「その通りです。『日曜に一体何をしているのか』と尋ねたら『どうせ読んでも分からないだろう』と言って営業日報を見せてくれました。営業部の部員が一週間何をしてどんな話を聞いてきたかを報告するためのものです。手書きで記された日報に部長は赤のボールペンを使って彼の考えや指示を書き込んでいました。日曜に部員全員の日報を読んで添削し月曜朝の営業会議で返すと言っていました。さすがに営業日報を破ったことはないそうですが顧客に出す提案書を『文章がなっていない』と言ってごみ箱に放り込んだことは時折あったそうです」