東日本大震災の発生を受けて、危機管理マニュアルの見直しに着手した企業が多い。しかし、そもそも現マニュアルのどこに問題があるのかを認識していなければ、見直し作業がうまく進むはずはない。今回は、筆者の元に相談を持ち込んできたA社(工業材料メーカー、東証一部上場企業)に対し、どのようなアドバイスをしたかについてご紹介しよう。
問題のマニュアルは、臨海部のプラントで火災事故が発生した際の対処体制に関するものだ。A社では、事務所棟の「対策本部」(事業所長が指揮)が全体指揮や社内外との連絡に当たる一方で、事故現場には「現場本部」(消防隊長(製造部長)が指揮)を設置し、消火活動や救助活動を統括させることとしている。
- 要員招集関係
- 1週間は168時間ですが、そのうち労働時間は50時間程度にすぎません。言い換えると、夜間や休日など体制が手薄なときに事故が発生する確率は70%もあるのです。従って、少なくとも初動段階では、多数の欠員が生じることを想定すべきです。その欠員をどうカバーするのか、例えば、ある班の班長も副班長もともに不在の場合、誰がその班を指揮するのか検討しておく必要があります。
- 対策本部の要員のほとんどが管理職というのは問題です。対策本部といっても、その仕事のかなりの部分は電話連絡やメモの整理、文書作成などの事務作業なので、管理職ばかりぞろぞろ揃えると、かえって能率が落ちるかもしれません。
- 事故が発生すれば、本社が対策本部にあれこれ指示を出したり、報告を求めたりするのは当然です。こうした本社への対応には、かなりの労力を取られるうえに、報告漏れなどのトラブルが起こりやすいものです。従って、本社との連絡窓口となる班を編成して、現場への指示事項の伝達とその対応状況の確認、本社への最新情報の報告などを担当させることをお勧めします。
- 情報班の責任者に情報システム部長を充てていることは問題です。一口に情報といっても、ITシステムの情報と危機管理時の情報は性質がまったく違うからです。現場業務に精通した者でなければ、事故現場からどんどん上がってくる断片的な1次情報をスムーズに整理することはできません。
- 対策本部室の電話の数が少ないですね。できれば要員4人に1台くらいの割合で電話を配置すべきです。対策本部内に協力会社からの派遣者を組み込んでいるのは非常に結構ですが、彼らに電話を割り当てることも忘れないでください。また、電話の不足分を携帯電話で間に合わせるつもりであれば、携帯用の充電器や予備の電池を用意しておかないと、すぐに使えなくなります。
- 対策本部室には、無線機、パソコン、プリンター、コピー機、FAXなどたくさんの電子機器が持ち込まれます。電源の容量が十分かどうか確認しておかないと、いきなりブレーカーが落ちることになりかねません。
- 応援に駆けつけてくる他の消防機関との関係もあるので、現場対策に従事する消防隊、工作班、設備班などを現場本部が統括指揮することは理解できます。しかしそのためには、現場本部に十分な情報処理能力を持たせないといけません。無線機の数を増やすだけでなく、プラント内に無線の不感地帯が無いかどうかも確認して下さい。
- 消防隊長である製造部長が不在の時には、副隊長の保安係長が現場本部の指揮を執るというご説明ですが、これでうまくいくでしょうか。現場本部の指揮下にある各班の班長には部長級の管理職がずらりとそろっています。いかにベテランといえども、係長という立場ではなかなか掌握は難しいと思います。
対策本部関係
インフラ関係
現場本部関係
以上のアドバイスは、いずれも細かい話ばかりなので、がっかりした読者も少なくないだろう。しかし、ちょっとしたバグによってITシステムがフリーズしてしまうように、ささいなトラブルでも危機管理全般に大きなダメージを与えかねない。「悪魔は細部に宿る」ということだ。危機管理マニュアルを机上の空論に終わらせたくないのであれば、細かい点をリアルに追及することが欠かせないのである。