江戸時代から明治期にかけて活躍した「近江商人」と、ITの専門誌である「日経コンピュータ」。8月4日号の特集「三方よしの情報システム ~近江商人の理念で顧客接点を鍛える~」では、一見、全く共通点のない2者を、あえて“コラボ”させてみた。近江商人が掲げた「三方よし」の理念は、IT活用の現場でも通用すると考えたからだ。

 三方よしの「三方」とは、「売り手」と「買い手」そして「世間」を指す。

 「売り手」が自らの利益を追求するだけでなく、「買い手」のメリットも考え、お互いに利益を出す「WIN-WIN」の関係を構築する。これは物々交換の頃から続く、商売の基本原則である。

 近江商人はそこに、「世間」という概念を持ち込んだ。他国に行商し、やがて店を構えることで富を蓄えていった近江商人にとっては、その土地に貢献するビジネス手法を取らなければ、円滑に商売できなかったからだ。そこで、売り手と買い手、さらに世間を同時に満足させる「三方よし」の理念を生み出した。

 この三方よしの理念を、情報システムに当てはめるとこうなる。自社の売上増やコスト削減、業務プロセス効率化という「売り手よし」を実現しつつ、顧客ニーズを先回りしてシステムに組み込むことで「買い手よし」も達成する。さらにそのシステムが社会に貢献する仕組みも作り「世間よし」をも成し遂げる。情報システムを構築する際の、一種の理想像とも言えるだろう。

 「目の前にある単一の課題を解決するのすら難しいのに…」と、ため息を漏らす情報システム担当者も多そうだが、この三つを高度な次元で成立させ、三方よしを実現した企業がある。ホンダだ。

 詳細は特集をお読みいただきたいが、概略はこうだ。

 ホンダは今年3月以降に発売する全車種で、カーナビ向け情報サービスの通信料を無料化する。有料サービスは2002年から実施していたが、無料化によりカーナビ装着車が収集した走行データを、より多く「クラウド」に蓄積し分析できるようになる。ホンダ車ユーザーが、料金を気にせず走行データをアップロードするようになるからだ。蓄積するのは速度や位置、燃料噴出量など。クラウド上にあるサーバーで走行データを分析することにより、最適なルートをカーナビ画面に表示する。

 これにより、「買い手」であるホンダ車ユーザーは大きな恩恵を受ける。渋滞予測の精度が高まるからだ。カーナビに搭載されているCPUの処理能力には限りがあるが、クラウドなら膨大な走行データを分析できる。これにより、目的地まで最も省燃費で到達するには、高速道と一般道のどちらを選ぶべきかといった情報まで、クラウドで計算してユーザーに提示する。

 「売り手」であるホンダは、走行データを新車開発に生かせるだけでなく、車両本体よりも利益率が高い純正カーナビの装着率が向上することで、利益の増加が期待できる。

 さらに蓄積した走行データを分析すれば、ユーザーが頻繁に急ブレーキをかける地点を特定できる。ホンダは自治体や警察などと、こうした情報を共有し、2009年度に埼玉県内の16カ所で街路樹の剪定などの対策を取った。すると、急ブレーキ回数が約7割減ったという。情報システムを活用することで「世間よし」をも成し遂げたわけだ。

 ホンダの特徴は貴重な走行データを自社内で抱え込まず、社会貢献につながる形で共有したことだ。それにより、情報システムの受益者が「売り手」と「買い手」に限定されず、世間一般の人々も恩恵を受けられるようになった。幅広い視点で情報システム導入の目的を考えたことが、「三方よし」を成し遂げる原動力となった。

 特集ではホンダに加え、ヤマトホールディングスや日本マクドナルド、パナソニックなど10社を紹介した。顧客接点を鍛えるために「買い手よし」に集中した企業もあれば、「売り手よし」から第一歩を踏みだした企業もある。すべての企業が、顧客満足度の向上と業務の効率化という難問の両立に挑んでいる。改革を志す情報システム担当者にとっては、参考になる例がきっと見つかるだろう。

 かつては斬新な考え方だった「三方よし」を実践したことで、近江商人は多くの新規ビジネスを開花させた。高島屋や伊藤忠商事、丸紅、日本生命保険などは、いずれも近江商人を源流とする企業だ。

 現代では情報システムを賢く使いこなすことが、三方よしを実現する近道となる。自社のシステムをどう進化させれば、三方よしに到達できるか。発想する視点を変えてみると、新たな地平が見えてくるはずだ。歴史に名を刻む企業やビジネスモデルは、そのようにして生まれるのかもしれない。