大手ベンダーに所属するITエンジニアの田中氏(仮名)が少し前に、製造業の業務支援システムを開発するプロジェクトに参加していたときの話である。そのユーザー企業はC/Sシステムを使っていたが、製造ラインの増強に伴う業務の見直しに合わせて、システムを再構築することにした。新システムは、クライアント管理の手間を減らすため、Webアプリケーションとして作成することになった。

 田中氏は、基本設計からプロジェクトに参加した。ただし、設計を始めようにも、業務の見直しに時間がかかって要件はほとんど確定しておらず、スタートからつまずいたそうだ。それでも、長時間残業もいとわない懸命の頑張りで設計作業を進め、どうにか遅れを取り戻すことができたという。そして、複雑な操作になるところのみモックアップを作成し、業務担当者に動きを確認してもらうことにした。

 業務担当者は、田中氏が作成したモックアップを操作し始めるや否や、「あれ、こんな動きなの?」と首をひねった。それを見ていた田中氏は「Webアプリケーションの操作としては自然で、事前にお見せした資料と同じです」と説明しながら、業務担当者に代わってモックアップの操作を続けた。すると「従来のC/Sシステムと使い勝手が大きく違う。とても使い物にならない」と、業務担当者は不満を口にしたという。

 一体、何が起こったのか。業務担当者は、次のように思ったのである。「せっかくシステムを作り直すのだから、これまでより操作性が優れていなくては意味がない。最低でもこれまでと同等であるべきだ。Webアプリケーションだって、ちゃんと作れば高い操作性を実現できるはずだ。Google Earthみたいに、画面を遷移することなく一連の操作ができるようなものが…」。

 一方、業務担当者の不満を聞いたとき、田中氏の頭の中には次の思いが渦巻いた。「そんなこと、いまさら言われても…。ここまで設計作業を進めてしまってから、大きな軌道修正をするのはものすごく大変。第一、そんなことしたらプロジェクトが赤字になる。そもそも、要件定義書には、(Google Earthで使っている)Ajax技術を用いるとは書かれていないじゃないか」。

 結局、こうした思惑の違いが、悲劇につながった。打開策を求めてITエンジニアの上司と営業担当者がユーザー企業のマネジャーに相談を持ちかけたものの、合意に至るまでに長い時間がかかった。その間、開発は完全にストップしたため、プロジェクトチームは一旦解散となったのである。

工程間の溝を埋めるには、どうすればよいのか

 この事例では、要件定義工程と設計工程の各担当者が、自分の役割を果たそうと一生懸命取り組んだにもかかわらず、思惑違いが生じてプロジェクトの成功が危うくなった。場合によっては、設計工程と製造工程の間、もしくは製造工程と運用保守工程の間でもこうした思惑違いが生じる。

 なぜだろうか。注目したいのは、工程間の視点の違いだ。工程が移るタイミングでは、前工程の担当者から後工程の担当者へと成果物が渡される。その成果物は、前工程と後工程では全く違った見方がされる。

 例えば、要件定義書は業務を効率よく進めて付加価値を生むために「こんな機能が欲しい」という視点でつづられる。設計者はそれを技術やコスト、工期といった制約がある中で、どうすれば実現できるのかという視点で読み取る。そして、「こうすればできるはず」とのもくろみを設計書にまとめる。それを受け取った製造者は、細部についてはどのように補えばよいのかという視点で読み解いて、アプリケーションを作る。そして、運用保守担当者は維持管理するという視点で、また業務担当者は利用するという視点で、出来上がったアプリケーションを受け取る。このように、前工程の担当者と後工程の担当者では成果物をとらえる視点が異なる。そのために、思惑違いが生じ、それが工程間に溝を作る。

 開発現場では、工程間の溝を埋めるためにさまざまな取り組みが行われている。前述した業務担当者と設計者の間で思惑が異なるという問題を避けるには、設計者が頭で描いているスコープや機能、性能などをまとめたシステム要件に誤りがないか、業務担当者に厳密にチェックしてもらうことが大切である。ただ、業務担当者によってはシステム要件の理解が難しく、確認作業がおざなりになることがある。そこである企業では、業務担当者と設計者が、業務フロー図とHTMLで記述した画面、帳票を突き合わせて確認している。多くの業務担当者は、業務フロー図なら見ればすぐに内容を理解できる。そこで、業務フロー図に吹き出しを付け、業務の変更内容とともに、システムの内容も記述しているのだ。「業務担当者は、自分たちの作業がどう変わるのかに強い関心を持っている。それが分かるように業務フロー図を作っておけば、確認がおざなりになることはない」という。

 こうした、工程間の溝を埋める12のヒントを日経SYSTEMS 2011年7月号の特集「工程間の溝をなくそう」にまとめた。もし、あなたがシステム開発プロジェクトの工程間に深い溝があると感じているなら、ぜひ12のヒントから有用なものを見つけ、参考にしてほしい。