2011年5月10日、米マイクロソフトがルクセンブルクのスカイプの買収を発表した。事前に予想されていなかったことや、85億ドル(日本円に換算して約6880億円)と高額だったこともあり、「何が目的なのか」といぶかしむ向きも見られた。

 報道によれば、Outlookなどのコミュニケーションツールや家庭用ゲーム機のXboxへのバンドルなどが指摘されている。またスマートフォンへの搭載や既存サービスとの連携・統合を予想する向きもある。確かに、真意は分かりづらい。

 こういうときは、当事者の声に耳を傾けるに限る。マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEOのコメントを追うと、同社は今回の買収によって「地球上の人々にリーチする能力を手に入れた」ととらえていることが分かる。

 ここで気になるのが、2月のMobile World Congressで、ノキアとの戦略提携を発表したときとの違いである。通信産業を手伝う身としては、地球上の人々にリーチできるのはむしろノキアの方だと思うのだが、このときマイクロソフトは、今回のスカイプ買収ほどのコメントを残していない。

 この違いがマイクロソフトの真意なのだとすれば、その思惑を推測していけば、今回の買収劇に対する解釈をもう少し深められる。

電話か、総合コミュニケーションか

 例えば音声サービスの将来像を考えてみる。あくまで〈電話〉を礎とするノキアに対し、スカイプは〈音声を主軸とした総合コミュニケーションサービス〉である。両者の違いは、電話番号とベストエフォートの有無。つまりサービスの管理体系と事業に対する信頼性の考え方の違いである。スカイプを選んだということは、音声サービスの将来についてマイクロソフトは、レガシーの電話が中心とはならないと考えているのではないか。

 これは古くて新しい問題である。インターネットやデータ通信の台頭、またLTE(Long Term Evolution)時代を控えつつもVoLTE(Voice over LTE)が一向に定まらない状況を受けて、音声サービスのデータ通信化を期待する向きは勢いを増している。また、東日本大震災の発生直後にはSkypeのほうが使えたという声も少なくない。こうした「電話の信頼性」の再定義に改めて思いを馳せると、今回の買収はむしろ時流に乗ったものともいえる。

 このトレンドは、経済成長の勢いに対してインフラ整備が追いつかない新興国や、固定電話はおろかケータイでさえもレガシーと位置付けられかねない発展途上国において、むしろ顕著だ。アプリケーションのオンライン認証やSaaS提供などの市場もターゲットにしたいマイクロソフトにとっては、より柔軟にユーザーへリーチできる手段こそが望ましいのだろう。

 電話というハードウエアやインフラに依存するノキア的なビジネスは、モバイルソリューションの具体化に不可欠なピースではある。資本市場でも噂されているが、こちらは提携から買収に発展するかもしれない。しかしマイクロソフトはそれに飽きたらず、彼らの本懐であるソフトウエアサービスに近い領域でのリーチ手段を、スカイプに求めたのではないか。

 もちろん、そう思い通りに事が進まない可能性もある。コラボレーションやユニファイドコミュニケーション分野の市場立ち上げは、マイクロソフトとて長年悩み続けている課題である。また、これだけの大型買収である以上、米グーグルなどの競合他社を巻き込んだ、規制当局による厳しいチェックが予想される。

 それでも、上位層の台頭によって通信のコモディティー化が進む中で、ソフトウエアの巨人マイクロソフトが打った一手だけに、通信産業全般、さらに言えば「通信への認識」にも影響を及ぼす可能性がある。