2011年3月11日午後、東日本は未曾有の大地震と大津波に襲われた。まずは被害に遭われた方に、この場を借りてお見舞い申し上げます。

 今回の大震災は、その後の原発問題や計画停電を含め、通信産業にとっても大きな試練となった。なにしろ、壊れない建物の代名詞だったNTT局舎を飲み込む津波が、東北・関東の太平洋側に押し寄せたのだ。東京電力ではないが、まさに“想定”を超える事態である。

 一方で、ケータイが広く定着してから初めて起きた大規模災害は、改めて通信の重要性を痛感させた。地震発生当初は各社の回線に通話規制がかけられたが、情報取得やコミュニケーション手段が失われてみると、いかに私たちがケータイに身体的かつ精神的に依存していたか、改めて気づかされる。

印象に残ったインフラ復旧への使命感

 その意味で、その後の各社のインフラ復旧への取り組みは、日本の通信事業者の潜在能力を強くアピールしたと思う。NTTドコモやKDDIは移動基地局などを駆使していち早く回線復旧と基地局設備の修復に動いたし、ソフトバンクモバイルも現場スタッフが中心となって工夫しながら被災地での回線維持に努めている。単に通信産業を商売のタネとしてとらえるのではなく、人間が生きるために通信インフラが不可欠なものという意識が根付いているように感じられる。

 また今回は、固定網のねばり強さにも目を見張るものがあった。確かに被災地では局舎が根本から壊れたし、海底ケーブル障害なども起こり、薄氷の状態ではあった。しかし日本全土に多様に張り巡らされた回線は、有事のバックアップとして機能した。その結果、インターネットの堅牢性やPHS回線の安定性が確保されるに至った。

 ただ、通信にできることはまだまだあって、もっと多くの命が救えたのではないかと筆者は考えている。

 例えば今回、通信事業者は一律に通話規制をかけた。系全体を守るためにやむを得ない措置ではあるが、同時に被災地での緊急連絡手段も途絶えてしまった。その後の被害者救出や遺体収容で、電話をかけて着信音で探索するという話を被災地から聞いた時には、率直に胸が痛んだ。GPSケータイも普及する中、自分がいま生きていてどこにいるのか、という最低限の情報を小さなパケットで伝えることは、もっとできたのではないか。

 また、もともと罹患していた方が十分な治療を受けられず避難所で亡くなる、というケースも相次いでいる。これも通信を使ったバイタルな情報管理が可能であれば、手遅れになる前に打てる手立てがあったはずだ。

課題となるインフラの冗長性確保

 今後の復興を考えるうえでは、インフラとしての冗長性の考え方とその確保という大きな課題を突きつけられていると思う。これまで冗長性といえば一般的に「回線の多重化」という程度の話だった。しかし有事のリスクヘッジの観点では、異なる種類の通信インフラを組み合わせることまで考えるべきだ。さらに、それをシームレスに利用できなければ意味がない。当面、安定した電力供給を望めない中、全国規模かつ現在進行形の、そして事業者と利用者双方にとっての課題である。

 大震災を受けて、通信事業のあり方やコスト負担に対する考え方は、大きく変わっていく予感がする。それは誰しもがまだ経験していない、手本のない世界である。しかし世界最高レベルの通信インフラを有し、また常に自然災害の脅威にさらされている日本だからこそ、今回の大震災を経験したことで見える新たな通信の地平があるはずだ。犠牲となった方々に報いるためにも、それを私たちの社会で共有し、また世界に伝えていくことが、通信産業の責務だと筆者は考える。