「なぜ」を何度も繰り返し、問題の再発防止策を導き出す「なぜなぜ分析」は、簡単なように見えて、実は非常に奥が深い。実際にやってみると、案外難しいことが分かる。

 トヨタ自動車で語り継がれてきた「なぜなぜ5回」という言葉が今では世間に広く知られたこともあってか、なぜなぜ分析とは「なぜ」を5回繰り返す分析手法であり、5回繰り返すと問題の解決策にたどり着けると考えている人は少なからずいるように思われる。

 だが日経情報ストラテジーの誌面で「なぜなぜ分析のここが落とし穴<実践編>」を連載しているマネジメント・ダイナミクス社長の小倉仁志氏は、「なぜの回数は扱う事象ごとに変わってくるので、回数そのものに意味は無い。私は様々な業界でなぜなぜ分析を実施してきたが、業種によってもなぜの回数は随分違ってくることを体験的に理解している」と話す。

 そこで分析に入る前にまず、「なぜは5回繰り返すものだ」という強い先入観を捨てたほうがいいとアドバイスしているという。5回で済む場合もあるし、もっと「なぜ」が続くこともある。逆に2~3回で十分な時もあるわけだ。

 筆者はここ数カ月、連載の打ち合わせなどで小倉氏と何度も話をする機会があったが、この話は頻繁に聞かれたことである。

 それもあって、日経情報ストラテジーが小倉氏を講師に迎えて開催している「なぜなぜ分析」演習付きセミナーでは、「なぜは5回とは限らない」という話が必ず出る。セミナーの後半で受講者は数人のチームに分かれてなぜなぜ分析の演習に取り組むのだが、なぜは5回に限らないことは自分で手を動かしながら紙に「なぜ」を書いていくと明確になっていく。

なぜを5回繰り返しても答えが出ないのはなぜ?

 おそらく、セミナーに参加している勉強熱心な受講者の多くは、自社で一度はなぜなぜ分析を実施してみたことがあるのではないかと思う。なぜなぜ分析は紙と鉛筆があればできるので、始めてみるのは簡単だ。

 しかし、うまくいかず、問題の再発防止策を導けなかったという壁にぶつかって、セミナーを受講している人が多いに違いない。その中には「ちゃんとなぜを5回繰り返したのに、解決策が全然見えてこないじゃないか」と思った人もいたことだろう。

 では、今まで自分がやってきたなぜなぜ分析はどこが悪かったのか。小倉氏はセミナーで多くの人が陥りやすい落とし穴を紹介し、なぜなぜ分析のコツを伝授する。その1つをここで紹介してみる。ちょうど、日経情報ストラテジーの2011年4月号(2011年2月発行号)の連載でも取り上げたばかりの話題である。

 小倉氏はなぜなぜ分析を実施する際、最初に書く「起こった事象」の記述はもちろんのこと、その先に続く複数の「なぜ」の記述について、「主語と述語をしっかりと書くことを強く意識してください」と受講者に繰り返し伝え、念を押す。実はこれだけでも、なぜなぜ分析は相当精度の高いものになるというのだ。

 例えば、ITproの読者も仕事柄よく見かけるであろうトラブルに「数値の画面入力間違い」がある。こうしたヒューマンエラーの問題解決になぜなぜ分析は役立つと考えられるが、この入力間違いも、事象を単に「数値の入力間違い(または誤入力)」と書いて分析を始めてしまうと、それに続く「なぜ」が誤った方向に展開される恐れが出てくる。人によっていろいろな解釈ができてしまうからだ。

 逆に小倉氏が指摘するように主語と述語をしっかりと記述し、「誤った数値が入力されていた」と書き出すと、その後に続く「なぜ」はおのずと決まってくる。誤った数値が入力されていたというのであれば、次に来る「なぜ」は「担当者が間違った数値を入力した」または「担当者が間違った数値を入力したことに気づかなかった」になるからだ。

 要は記述を詳細にすればするほど、「論理の飛躍したおかしな“なぜ”」は出にくくなる。すると次に続く「なぜ」がより正確で、具体的なものになっていく。だから真因に行き当たり、具体的な再発防止策を打ち出せるのである。こんなところになぜなぜ分析の勘所がある。小倉氏いわく、「会社に付きものである報告書での記述と、なぜなぜ分析での記述は全く違うものと考えたほうがいい」。

 つまり、多少幼稚だと思われてもいいから、主語と述語をしっかりと書いて、文章で事象をきちんと表現する癖をつけることが問題解決の早道になるといえる。

IT業界にありがちなヒューマンエラーの原因分析

 小倉氏が講師を務める「なぜなぜ分析」演習付きセミナーは受講者から好評で、2011年3~4月に東京で合計3回開催したセミナーはいずれも、東日本大震災の直後だったにもかかわらず満席となった。小倉氏は震災後でありながらセミナーの反響の大きさに驚くとともに、「問題解決に課題を持つ企業の多さを改めて実感させられた」と感想を漏らしたほどだ。

 この「なぜなぜ分析」演習付きセミナーについて、ITproの読者に知っておいてもらいたいことがある。実は受講者の半数近くがIT業界の人たちという事実である。

 つまり、IT業界は問題解決に悩むビジネスパーソンが多い業種業態の1つであるといえるだろう。これまでは製造業の工場で働く人たちがなぜなぜ分析の主な利用者と考えられてきたが、今ではなぜなぜ分析はそうした人たちだけに求められる特殊な問題解決ツールではなくなっている。

 少し余談になるが、セミナー会場で受講者を眺めていると、回を重ねるごとに女性の数が増えていることに気づいた。最近は全体の10%ほどが女性である。当然、IT業界に身を置く女性もいるだろうし、おそらくは女性が多いコールセンターやお客様相談室などの所属の人もいるだろう。こうした受講者の変化からも、なぜなぜ分析の利用の広がりを感じることができる。

 なぜなぜ分析自体は汎用的な手法なので、IT業界に特化した問題解決法ではないし、セミナーも特にIT業界向けとうたっているわけではない。ただ小倉氏は、結果的に受講者の多くがIT業界の人であることを考慮して、随所にシステム関連の話題を盛り込んで説明している。

 日経情報ストラテジーは小倉氏を講師に招いた「なぜなぜ分析」演習付きセミナーをより多くの人に体験していただきたいと思い、追加開催を決定した。次回は2011年6月10日と同23日に、いずれも都内で実施する。ぜひこの機会になぜなぜ分析のコツをつかみ、自社の問題解決に役立てていただきたい。