東日本大震災では、高速道路の復旧のスピードに賞賛の声が上がった。3月11日の大地震で東北・北関東地方の高速道路は大きな被害を受け、交通の支障となる被害を受けた区間は、東北自動車道、常磐自動車道など20路線で、総計870kmに及んだ。

 しかし翌日早朝からは、主要路線で順次、自衛隊などの緊急車両が通行できるようになった。さらに地震から13日後の3月24日までには、被害を受けた総計870kmの93.4%に当たる813kmの区間で補修工事(応急復旧と呼ぶ)が完了し、一般車両が通行できるようになった。高速道路がいち早く復旧したことで、東北・北関東の被災地に人や機材、物資を運ぶライフラインが確保されたのだ。

 高速道路の復旧を行ったのは、旧・日本道路公団を前身とする東日本高速道路(NEXCO東日本)である。「3段刻みの復旧」「橋脚の補強」「新工法の採用」という三つの取り組みが功を奏した。このうち橋脚の補強と新工法の採用は、1995年に起こった阪神・淡路大震災の経験を生かした取り組みである。いずれも、ITエンジニアが、災害に強いシステムや運用体制を考える上でヒントになるものだ。以降で順に紹介しよう。

3段刻みの復旧

 冒頭で紹介したように、地震の翌朝、高速道路は緊急車両の通行が可能な状態になった。NEXCO東日本とその協力会社は夜を徹して復旧作業に当たったとはいえ、路面が崩れた区間も少なくなかった。通行が可能になったのには理由がある。

 実はNEXCO東日本は、復旧のレベルを3段階で定めている。完全に原状回復させる「本復旧」は最終の第3段階であり、いきなりそこは目指さない。

 まず第1段階として、緊急車両をどうにか通行させる「仮復旧」を行う。補修工事は最小限にとどめ、一刻も早く緊急車両を通すことを優先する。路面の崩れていない部分を確認し、片側1車線でも確保する。そのため主な作業は、路面の調査である。

 3月11日の地震が起こった後、高速道路の一定区間を受け持つ各管理事務所からパトロールカーなどが一斉に出動し、車両が通れる車線が残っているかどうかを確認した。管理事務所が調べた情報はただちに支社、本社と集約し、翌朝から緊急車両の通行を可能にした。

 その上で第2段階として、徐行などの制限付きで一般車両も通行可能にする「応急復旧」を実施する。ここでも一般車両を通すことを目的として、不可欠な補修工事だけをすることで、いち早い復旧を成し遂げた。