2月25日(2011年)土曜日、大阪の旭コムテクさんで2時間の講演をした(写真)。旭コムテクさんは大手デパートをはじめ、官公庁や中堅・中小企業まで音声系ネットワーク(PBX)の導入で実績のある通信建設会社で、60年を超える社歴がある。ここでは年に3回、全社員が土曜日に出社して研修をしている。1月に筆者が大阪で行った講演を聞いた役員から依頼があって、今回の講演をすることになった。

写真●旭コムテクさんで講演をしたときの様子
写真●旭コムテクさんで講演をしたときの様子
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 導入部分の話は筆者が1988年から89年に大阪で勤務したときのハードワークぶりと、2年で五つの銀行から総額30億円近いネットワークを受注した話をした。当時は午前中の打ち合わせで宿題をもらうと、夜の8時に資料を持って説明に行くくらい「速いレスポンス」を心がけた。土曜日に出勤するのは当たり前で、部下が土曜日は都合が悪いと言うと「じゃあ、日曜日にやろう」と言っていた。「私は31歳でしたが、とにかく30代は激しくやってください」。真ん中あたりに座っている女性が白い歯を見せながら笑って聞いていた。

 さて、今回はこの講演の中でも紹介したiPadを使ってワークスタイルやサービススタイルを変えるアプリの作り方について述べたい。iPadは代表的なスマートデバイスなので名前を使っているが、Android端末でも同じ考え方でアプリが作れることはもちろんだ。

自分でプログラムは書かない

 筆者がiPadを使ったアプリを仕事として手掛けようと思ったのは2010年の7月だ。ベンチャー企業の人と話していてiPadの持つすばらしいプレゼンテーション機能に、iPadが持っていないコミュニケーション機能(電話機能)を加えると企業にとって有用な使い方ができるとひらめいたからだ。実はその少し前に自分でiPhoneアプリを作ってみようと思ったことがあった。

 2010年4月26日のAERA(朝日新聞社)がiPhoneアプリの特集をしており、その中で灘中学の3年生が「健康計算機」というアプリを3日間で作り、広告収入が月10万円になっているという事例を読んだ。灘中は東大進学が多いことで有名な兵庫県の中高一貫校だ。中学生に作れるなら自分でも作れると思い、すぐに行きつけの高田馬場芳林堂書店へiPhoneアプリの本を買いに行った。

 あまりに数が多いので書店の人に一番売れている本を教えてもらい立ち読みを始めたのだが、3分で断念した。講演でこのエピソードを話すときは「字が小さすぎる」と言って笑いを取るのだが、それは嘘だ。多少老眼の気はあるが、本を読むのに苦労するほどじゃない。本当の理由はその本が「オブジェクトプログラミング」の解説から始まっていたことだ。 

 FORTRANとかBASICでコンピュータ教育を受けた筆者の世代がオブジェクト指向をマスターするのは大変だ。時間をかけてこれを修得するよりも自分はアプリのアイデアを出すだけにして、プログラムは若い人に書いてもらった方が効率的だ、と即座に割り切った。

 それから数カ月、「iPad相談アプリ」が完成し、もうすぐ「iPad会議アプリ」も出来上がる。相談アプリは企業に実際に使ってもらい、さらにブラッシュアップしようとしている。わずか半年ほどのアプリケーション経験だが、自分なりのポリシーができた。ソフトウエアのプロではない人がアプリの仕事に入って行く参考にしてもらえたらと思う。

アプリを作る三つのポイント

 アプリを作るには三つのポイントがある。「やりたいことを明確にすること」「ユーザーの利用シーンにフィットさせること」「ユーザーインタフェース(UI)を磨くこと」だ。

 やりたいことを明確にすることを要件定義というが、目的をはっきりさせそれを実現するための仕様を決めることはアプリケーション作りに限らず重要なことだ。それなのに、「やりたいこと」がはっきりしないユーザーは意外に多い。「用途は決めていないが、とりあえずiPadを100台購入した」などという話もよく聞く。iPadの魔力なのかも知れないが、もったいないことだ。

 筆者が作った“相談アプリ”を例にすると、これはお客様からこんなアプリが欲しいと言われて作ったものではなく、「iPadにコミュニケーション機能を持たせてコラボレーションを効率化し、サービススタイルやワークスタイルを革新したい」と筆者が思いついたものなので、やりたいことは明確だ。アプリケーション作りで一番価値のある仕事は、「ユーザーにとって有用なアプリを考え出すこと」だ。この仕事はプログラムが書けない人でもできる。ソフトウエアの素人でも堂々とアプリケーションのアイデアを提案すればいいのだ。やりたいことさえ決まればプログラムを作りは得意な人に任せればいい。

 相談アプリは、離れたところにいるiPadユーザー同士が、1対1でコラボレーションするためのアプリだ。資料をディスプレイ上で共有し、マイクとスピーカーで電話会議をするという単純だが、実際にプログラムを作るとなると細かな機能やUIを検討しなければならない。そのためにはユーザーの利用シーンを決めて「アプリケーションを利用シーンにフィットさせる」のが使いやすいアプリにするための近道だ。

 相談アプリでは銀行窓口での相談業務を最初のターゲットにした。iPadに入っている金融商品のパンフレットを使って、窓口担当者がお客様に相談にのっているシーンだ。お客様から難しい質問を受けて窓口担当者が対応できないとき、本部のエキスパートのサポートを簡単に受けられるようにする。相談アプリの画面に表示されている「相談ボタン」をタップすると、店舗名・担当者名・パンフレットを識別するコードなどを含むメッセージがサーバーに送信され、しかるべき本部のエキスパートのiPadとの間に電話会議のセッションが設定される。

 同じパンフレットを見ながら、窓口の担当者と本部の行員が一緒にお客様の相談にあたることができる。パンフレットは窓口担当者と本部の行員が独立してページをめくることもできるし、本部の行員が説明しやすいように本部側でページをめくると窓口のiPadでも同じページが開かれる「ぺらぺらページめくりモード」も用意している(前回の「スマートデバイスとコラボレーション」を参照)。どんな使い方ができると使い勝手が良くなるか、相談の場をシミュレーションして利用シーンとアプリの機能をフィットさせるのだ。

ユーザーインタフェースを磨く

 スマートデバイスで動くアプリケーションの魅力はUIの素晴らしさだ。しかし、UIの良し悪しを決めるのはアプリケーションの作り方次第であって、ハードウエアとしてスマートデバイスを使えば必ずUIが良くなるわけではない。分かりやすく、きれいで、動きがなめらかなUIはプログラマーとデザイナーが協力して作る。これは試行錯誤が不可欠で、画面やアイコンのデザイン、スクロールの動きなどを何回も修正して、UIに磨きをかける。

 アイコン一つとっても、「相談ボタン」というアイコンを単に「相談」という漢字をワクで囲んだだけで作るのと、デザイン性の高いマークで作るのとではユーザーに与える印象は大きく違う。プログラマーはラフな画面やアイコンを作り、デザイナーがフォントやアイコンのデザイン、色使いを修正して仕上げる。 

 プログラマーやデザイナーの話を聞くと、それぞれにUI作りのこだわりを持っていて面白い。あるプログラマーはUIを考える際に「スペースの使い方」を重視するという。多くの情報を4インチ程度の小さな画面にいかに見やすく配置するか、と考えることもあるし、逆に少ない情報を10インチの大きな画面にバランスよく、スマートに表示するために工夫することもある。また、別のプログラマーはページめくりをいかになめらかにするか、といった動きを良くすることに腐心する。 

 こんなプロの人たちとアプリケーションを作るのはとても楽しい経験だ。

50代はどうするのか?

 旭コムテクさんでの講演は次世代WANやスマートデバイスが主題だったのだが、時間が2時間あったので余分な話もいっぱいした。冒頭に書いた「30代は激しくやりなさい」もその一つだ。ほかにも、私の40代のエピソードとして初回訪問のお客様に「タダで提案はできません」と言って、1週間後に1000万円のコンサルティングを受注した話をして「40代は強気で行くべし」ということを伝えた。

 講演終了後、「50代はどうすればいいですか?」という質問があったので、「50代はこうしなさい」と自分を指差しておいた。「思い通りにやりなさい」という意味だ。