50歳を過ぎたせいかどうか、元々しっかりしているとは言えなかった記憶力が怪しくなってきた。

 つい先日も「はじめまして」と言いながら名刺を差し出すと、「以前お目にかかっていますよ」と笑われてしまった。仕事柄、一度会った人のことは忘れないように心掛けているのだが、これはまずい。

 原稿を書いていても、途中で「同じことを前に書いたのではないか」「この逸話はすでに使ったはず」と気になってくる。しかも、いつ、どこに書いたのかをなかなか思い出せない。奥田英朗氏の小説集『空中ブランコ』に、同じことを書いてしまうのではないかと悩む女流作家が登場する。あれほどひどくはないが、似た心配をしてしまう。

 題名でお分かりかと思うが、この原稿で書きたいのは、自社で利用する情報システムはできれば内製したほうがよい、ということだ。同じ主張を何度か書いた記憶がある。気になっているのは、次のような言い回しに関してである。

 「クラウドコンピューティングの時代に内製を持ち出すとは逆行している、と批判されそうだ」。

 こういう一文を書きかけて、いや、これは以前書いたと気付いたのだが、どこであったか、なかなか思い浮かばない。それでもIT(情報技術)というのは有り難いもので、弊社の記事検索システムを使ってみたところ、2年半ほど前に書いた記事を発見できた。

 2008年8月1日号の日経コンピュータに掲載した、「あえて今、『システム内製』の勧め」という一文である。紙の雑誌に載せたその文章をITproに転載しつつ、現在と比較して感想を書き加えてみる。

【2008年の原稿】

 自社で利用する情報システムを内製する、すなわち社員が企画、設計、プログラミングする、これが理想の姿である。

 こう書いたら、ITベンダーから「時代錯誤もはなはだしい」と言われるだろう。SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)の時代が来たにもかかわらず、システムを手作りするとは何事か、しかも社員の手を煩わせるとはあり得ない話、と決めつけられそうだ。

 一方、長年にわたって開発や運用を担当してきた情報システム部門の責任者の方であれば「昔はやっていたし、本来そうすべき。だが、今の陣容では内製など無理だ」とつぶやくに違いない。

 SaaSの時代なんて一体いつ来たのか、と自分の原稿に文句を付けたくなったが、もう一度読むと、ITベンダーの発言として書いていた。

 2011年の今、SaaSはまだ死語ではないが、クラウドコンピューティングという言葉を使うことが多い。SaaSという言葉をクラウドに替えれば、上記の原稿はまだ使えそうだ。引用を続ける。

【2008年の原稿】

 システムの内製に関して筆者は、「理想」だとは言っているものの、何が何でも内製すべき、とまで主張するつもりはない。理想はあくまでも理想であり、現実は違うからである。といって、ユーザー企業は本業に専念し、システムの開発や運用は外部の専門家であるITベンダーに任すべし、これがあるべき姿だ、などという主張は間違っており、賛成しかねる。

 2月2日に、『システム・イニシアティブ2011 今こそユーザー主体開発』というシンポジウムを開催した(シンポジウム報告はこちら)。シンポジウムの主旨は、ユーザーが主体になってシステムを開発していこう、というものであった。内製は視野に入れていたが、内製すべきとまで主張した訳ではない。

 来場者の方がアンケート用紙に書き込んだ意見を読んでいたら、「アウトソーシング全盛時代はそれを賞賛する記事を書き、今はこの種のセミナーを開催するという、日経コンピュータに代表されるメディアの姿勢、同類だと思います」というものがあった。