サッカーのアジアカップが盛り上がっている。記者は、熱狂的なサッカーファンではないが、家に居るときに日本代表戦のテレビ放映があれば見る、といった程度のサッカー好きである。今回のアジアカップは、記者が帰宅して原稿を書いている時間にテレビ放映があるので、全試合を生中継で観戦し、一喜一憂している。本原稿の締め切りである1月19日の時点で日本代表はベスト8に勝ち進んでいるので、記事が公開される1月24日時点でも勝ち残り、ベスト4に進んでいてほしいと強く願っている。

 今回のアジアカップに限らないが、サッカー日本代表について解説者がよく言っている言葉に、「日本人選手の特徴である動き出しのスピードを生かせるようにゲームを組み立てるべき」といったものがある。記者はサッカーの細かい技術や他国の選手の特徴に明るくないので、解説者の言葉の真偽は判断できないが、意図としては「日本人は他国の選手より動き出しのスピードが速いケースが多いが、それを生かすためには、しかるべき戦術を実行する必要がある」といったことだろう。それに関連して、「無駄な走りが重要」という言葉も、たびたび聞くようになった。

 こうした解説を耳にしているうち、ふと気づいたことがある。「スピードはあっても、それを生かす環境がないと宝の持ち腐れになる」ということは、サッカーだけでなく情報システムにも共通するということだ。

 処理性能の高いシステムを作っただけで売り上げが大きく伸びた、といったケースはあまり多くないだろう。仮に、処理性能の高いシステムを作ることができた場合、その処理性能を生かすためのビジネスモデルや販売推進体制を整えることによって初めて、システムはビジネスに貢献できるようになるのではないだろうか。

システムがビジネスに貢献するための三つのスピード

 システムがビジネスに貢献するためには、少なくとも三つのスピードを高めることが重要なのではないか、と記者は考えている。その三つとは先に挙げた「処理性能」に加え、「意思決定」と「顧客ニーズの反映」のスピードである。

 まず最初の処理性能を高めるためには、当然ではあるが処理性能の高いシステムを作ることだ。企業の要件によっては、処理性能に限らず、システムが搭載する機能や保存容量などがこれに当たるケースもあるだろう。つまり処理性能を高めるとは、旧システムや同業他社のシステムを上回る優れたシステムを作ることを指している。

 二つめは意思決定のスピードだ。具体的には、システムの処理性能を生かした新事業や新サービスを企画した場合、すぐに実現の可否を判断できるか、といったことである。仮に他社よりも処理性能の高いシステムを作ったとしても、いずれ他社も追い付いてくる。自社のシステムの方が優れている時間はそう長くはない。処理性能が他社を上回っている短い期間を有効に生かすためには、素早い意志決定が必須なのだ。

 最後は顧客ニーズを反映するスピードだ。新事業や新サービスの芽は、顧客の声の中にあるケースが多い。二つめのスピードと一部重なるが、新事業や新サービスを次々に企画するためには、顧客のニーズをつかみ、それを素早く反映する体制が必要になる。

東証の1年間に学ぶ

 三つのスピードを高めることは簡単ではないが、実際にそれを実現し、システムを使ってビジネスモデルを変えることに成功した企業がある。東京証券取引所だ。

 同社は旧システムの1000倍以上の性能を持つ株式売買システム「arrowhead」を2010年1月に稼働させた。これを機に、「arrowheadの処理性能を生かして競争力を高めるためにはどうしたらいいか」を検討し、新事業の推進体制を一新した。新サービスを素早く開発したり、顧客である証券会社のニーズを把握することが必要だと考えたからだ。

 その結果、東証は海外の投資家を市場に呼び込んだり、データセンターのスペースを貸し出すことにより新たな収益源を得たりすることなどに成功した。注目すべき点は、東証が三つのスピードを高めるために実施した取り組みだ。単にarrowheadを導入して処理性能を高めただけでは、このような成功は得られなかったはずである。

 東証の取り組みについては、日経コンピュータの2011年1月20日号で詳しく取り上げたためそちらを読んでいただきたい。簡単にまとめると、システムの処理性能を高めると同時に、それを生かすために必要な要素のスピードを高め成果を出した、ということになる。

 サッカー日本代表も、解説者によれば「個人のスピードが速いだけではチームの力はあまり上がらないので、個人のスピードを生かすよう周囲が協力することによって得点力が高まる」という。一つのことを追求するだけでなく、それを生かす他の要素も同時に強化することで、全体の力を高める。システム開発におけるこのような取り組みに興味がある方は、東証の事例を参考にされてはいかがだろうか。