資産・負債や売り上げ・費用の計上方法の変更を通して、企業の財務数値だけでなく、経営の意思決定や業務プロセス、ひいては情報システムにも少なからぬ影響を及ぼすと考えられるIFRS(国際会計基準)。国内上場企業の連結財務諸表への強制適用は早くても2015年3月期以降だが、2010年3月期決算から任意での適用が認められている。

 先陣を切ってIFRS連結財務諸表を提出したのは、水晶部品大手の日本電波工業である。IFRS任意適用の発表はその後途絶えていたが、ここ2カ月ほどで数社が相次いでIFRSの適用を正式に表明した。

 住友商事は今年度(2011年3月期)決算から従来の米国基準に代えてIFRSを適用すると発表。日本電波工業に次いで、国内で2番目のIFRS適用企業になる見込みである。2011年6月に公表する有価証券報告書と、5月に出す2012年度業績予想からIFRSで発表する。

 来年度(2012年3月期)決算からIFRSを適用すると発表したのは、日本板硝子だ。2006年の英ガラス大手ピルキントンの買収などに伴い、同社のグループ企業の約3分の2はすでにIFRSを採用している。本社でもIFRSを適用することで、会計基準の組み替えの手間をなくし、グループ内の意思決定プロセスを効率化する狙いがある。

 日本板硝子は、2011年3月までにIFRS適用の定量的な影響を公表する方針だ。同社のピルキントン買収に伴うのれん代償却負担は年間約200億円にも上る。この扱い方が変われば、業績数値が一変する可能性もある。

 国内上場ではないものの、三井住友フィナンシャルグループは2010年11月のニューヨーク証券取引所への米預託証券(ADR)の上場に伴い、上場審査と財務情報開示にIFRSを採用。IFRSに基づく2010年3月期の年次報告書(FORM20-F)を提出した。日本国内でのIFRS適用計画は明らかにしていないが、少なくとも年次でのIFRS財務報告ができる体制は整ったとみていい。

次をうかがうJT、NEC、日産

 現時点では日本電波工業、住友商事、日本板硝子の3社以外にIFRSの任意適用を公式に表明した企業は見当たらない。ただ、国内外での投資家向け説明会(IR)やメディア取材の場などで、社長やCFO(最高財務責任者)といった経営陣などがIFRSへの対応意向を表明している企業は存在する。

 例えば海外向けIRで早期適用の可能性を表明済みの日本たばこ産業(JT)は、買収した英タバコ大手ガラハーなどのERP(統合基幹業務システム)の統一を進めており、2012年3月期の適用を視野に入れている可能性がある。

 IFRS対応の新会計システムを2010年4月に稼働させたNECは、2012年3月期または2013年3月期の適用を目指しているようだ。武田薬品工業も2013年3月期を目標にプロジェクトチームが活動しているもようである。

 IFRS対応に積極的な企業が目立つ商社では、住友商事に続いて、2013年3月期に三菱商事、2014年3月期に三井物産が適用に踏み切る見通しである。丸紅も同時期での適用を計画しているようだ。

 適用時期ははっきりしないが、富士通、日産自動車、パナソニックなども任意適用の準備が進んでいる。2009年3月期から海外子会社全社にIFRSを適用した富士通は、IFRS財務諸表を作成済みであり、経営判断が下れば適用までにそれほど時間はかからないだろう。IFRS適用済みの仏ルノーが筆頭株主の日産自動車は、IFRSに基づくグループ内統一会計基準書を連結会社に展開済みだ。愛知機械工業、カルソニックカンセイ、東京ラヂエーター製造、日産車体などから、すでにIFRS対応の連結用財務情報を収集している。

住友化学やソニー、ヤマトも準備を加速か

 IFRSの早期適用に向けた企業各社の動向を占うもう一つの材料としては、IFRS適用に向けて監査法人に支払う助言・指導の費用が挙げられる。2011年3月期からの適用を表明した住友商事は、前年の2010年3月期にグループ全体で2億2900万円を支払っている。2012年3月期の適用をにらむNECも、新会計システムの内部統制や新株発行手続きに対する助言まで含む額ではあるが1億8500万円を投じた。

 両社のほかに、2010年3月期決算でIFRS助言・指導費用の額が目立ったのが住友化学である。IFRS導入を推進する経団連の会長企業となったことも影響しているのか、対応準備を加速させているようだ。本社費用が3300万円なのに対し、グループ会社で5900万円を支払っているのが特徴的である。

 旭硝子、ソフトバンク、スズケン、伊藤忠商事、ヤマトホールディングス、住友金属鉱山、タカラバイオ、ソニー、太平洋セメントなども、相対的に大きな金額を監査法人に支払っていた。任意適用をにらんで準備を加速させていると見て間違いないだろう。

 とはいえ、IFRSの任意適用を目指す企業各社の準備が十分に進んでいるかどうかは疑わしい。東京証券取引所が上場企業を対象に9月に実施した調査では、任意適用に向けて準備していると回答した97社のうち、52社(53.6%)では検討レベルが「経理・財務部門などの限定された部門でのみ検討・準備している」段階にとどまっていた。一歩進んで「全社的に検討・準備している」のはわずか12社(12.4%)だった。

 特に情報システムについては、既存システムの更改と同期を取ってIFRSへの対応スケジュールを計画していかなければならない。情報システム部門は経理・財務部門からの指示だけに頼らずに、率先して影響評価や対応プロジェクトの立ち上げに参画していく必要があるはずだ。

 日経BP社は、製造業や卸売業を主な対象に「IT部門のためのIFRS実践塾」を企画した。初回の講座は、オリジナルの分析ツールを使って業務システムへの影響を網羅的に分析し、その対策を解説する内容である。

 全社的なIFRS対応スケジュールが不明確で不安や焦燥感を抱いているIT部門(情報システム部門)や業務部門の方は、自社システムへの影響範囲の把握に役立てていただければと思う。すでに影響評価に着手している企業も、もれをなくすためのチェックに本講座を活用していただきたい。

■変更履歴
公開当初、IFRS早期適用の可能性がある企業としてダイエーを挙げていましたが、同社からの申し出により削除しました。日本経済新聞2010年4月17日付記事に「12年2月期も国際会計基準(IFRS)適用の影響で」とあったことに基づいていましたが、ここでいう「IFRS適用の影響」とはコンバージェンス項目の一つである「資産除去債務」を指したものでした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。[2010/12/8 14:15]