組織や人材のグローバル化において、最も重要だと認識されているのは企業理念や組織文化であり、その浸透のため実に多くの取り組みがなされている――。

 米系コンサルティング会社ブーズ・アンド・カンパニーの東京オフィスが2010年7月に実施した「グローバル化度診断サーベイ パイロット版」(売上高1000億円以上、海外現地法人がある日本企業に勤務する、経営企画や人事部門を中心とした課長以上のビジネスパーソン1000人を対象に実施)では、こんな結果が明らかになった。企業理念や組織文化を「最も重要」とした回答者は35%を超え、20%に満たなかった「人材マネジメント」や「リーダーシップ」などを引き離した。また6割強が、「自分の会社では実際に企業理念浸透などに取り組んでいる」と回答した。

 同社の後藤将史プリンシパルは「国籍を超えて社員が協力し合って成果を出すためには、根元の部分での共通理解が必要だ」としたうえで、「理念浸透は取り組みやすい課題であることは確か。やらないよりやった方がいいのは明白だし、誰にも痛みを与えない」と指摘する。

 経営理念や共有すべき価値観を明文化した「○○ウェイ」の策定に取り組む企業は多い。リーマン・ショック以降、新興国を中心に事業のグローバル展開が急務となるなかで、その必要性はますます高まっているようだ。本格的なグローバル化に着手したある大手企業の役員は、「ウェイをちゃんと作っておけば良かった」と悔やむ。

人材育成や組織運営の仕組み作りが先決

 理念を英訳したカードなどを作成し、社員に配布する。経営トップが各地を巡回して社員と理念について討議する場を持つ――。こうしたプロセスを通じて、外国人社員の帰属意識が高まり、優秀な人材が定着するようになれば素晴らしい。

 しかし、「実際は理念だけでなく、グローバル化のための人材育成や組織運営の仕組みを作らなくてはならない。それでも今までのやり方を変革しようとすると、抵抗する人が生まれるので、なかなか踏み込めない会社が多いのが実情」とブーズ・アンド・カンパニーの後藤氏は話す。「チャレンジを大切にする」という理念があるのに、実際には権限委譲が進まず、本社や上司にお伺いを立てなくては何もできないようでは、理念浸透活動など空しいだけだろう。

 後藤氏が指す「仕組み」には、グローバル本社と事業部や地域本社の機能分離、事業会社や地域本社の成果を公平に測るための指標設定、求める人材の要件定義や育成プラン策定などがある。後藤氏はこれらのポイントとして、「シンプルで誰からも分かりやすいこと」を挙げる。例えば典型的なグローバル企業である米GEでは、事業の成果を測る指標や、PDCA(計画・実行・検証・見直し)の回し方を明快に定義し、グループのすべての事業で統一している。一方日本企業では、「日本人」「男性」「プロパー」を中心とした管理職層が、暗黙知的に「うちのやり方」を共有し、踏襲しているため、それ以外の人からは意志決定プロセスが分かりにくい。事業撤退のガイドラインなどを決めても、当事者の思惑が作用して機能せずに終わってしまう。

「分かり合っていない」ことを前提に

 組織のグローバル化に取り組む過程で、こうした「分かりにくさ」と決別し、シンプルで明快なマネジメントに舵を切る企業が増えている。一例がYKKだ。1950年代から海外進出に乗り出したグローバル化の“老舗”は、一層の現地化を進めるに当たり、これまで現地法人ごとにバラバラだった人材育成や組織運営の仕組みを統一し始めている。最重要市場の1つと位置付ける中国では、2009年に13社のグループ企業の人事制度を統一し、共通の役割グレードや報酬体系を導入した。成果主義を明確に打ち出し、日本人以外の社員も実績次第で経営層に登用する意図を示して、優秀な人材の流出を防ぐ。

 一方で理念浸透にも取り組む。創業者である故・吉田忠雄氏の思想を中心に企業として共有すべき価値観を整理し、吉田忠裕代表取締役社長が世界各国の拠点で「車座集会」を開いて社員と話し合う。「善の巡環」など、抽象的な理念の背景や意味を掘り下げる。新人事制度で現地のリーダーを育て、自立を促す「遠心力」を働かせる一方で、理念共有を全世界の社員が結び付く「求心力」と位置付けている。

 日常のコミュニケーションにおいて「暗黙の了解」を排して、言語化を習慣づけようとする企業もある。パナソニックは日本で採用した外国人社員に対して、上司が配属時に今後の育成プランを説明するよう義務づけている。仕事の長期的なプランが明確になれば、今取り組んでる仕事が(たとえあまり面白くなくても)どこにつながっていくかが分かるので、モチベーションが上がるというわけだ。2年目にグローバル人事部門の担当者が面談し、当初の予定が守られているかをチェックする徹底ぶりだ。

 塩野義製薬は研究所の次期リーダー向けの研修プログラムで、多国籍のメンバーが集まる会議の「仕切り」を実践で学ばせている。国際共同研究プロジェクトなどでリーダーシップを発揮できるようにするためだ。ここで学ぶコミュニケーション・スキルの1つが「WHY(理由)」を聞くことだという。発想が自分とかけ離れていて、意見が折り合わなさそうなメンバーとも、「なぜそう思うのか」を何度も聞いて発想のプロセスを探るなかで、合意点が見えてくる。「WHY」というシンプルな単語で、相手にその思考プロセスを言語化させるという手法は、語学、特にスピーチに堪能でない日本人にも身につけやすそうだ。

 こうした取り組みに共通するのは、「相手と自分は共有しているものがない、全く違う人間だ」という前提で、制度を整えたり、意思疎通を図ったりしている点だ。「部下は(上司である)自分の期待や育成意図をくみ取って、それに応えようとしてくれる」「議論の相手が自分に歩み寄ってくれるはずだ」。こうした楽観的な期待を持たずに、「分かり合っていない」相手と協働するうえで、シンプルで納得性の高い制度やコミュニケーション・スキルの必要性が高まる。

 一方で理念浸透は、異なる国籍のメンバー同士が共有できるものを作るための活動だ。もともと無だったところに有を作るので、時間はかかるが、これが生み出す求心力は大きいはずだ。

 日経情報ストラテジー2011年1月号では総力特集「グローバルリーダーの育て方」で、国内外の企業を取材した。理念共有と、それ以外の施策でグローバルな組織強化に取り組む数々の事例をぜひお読みいただきたい。