最近、「クラウド不況」なんじゃないかと思う時がある。ユーザー企業のIT投資が戻りつつあるとはいえ、いまだに前年度より少し良くなった程度だ。リーマン・ショック後にガクンと落ちたまま、今年に入っても“低位安定”が続いている。これを単純に、「企業のIT投資は景気に対して遅行性があるから」という理由で済ませてよいものか。クラウドの普及でIT投資が減ったのなら説明がつくが、もちろん、まだそんな段階ではない。さてさて・・・。

 そう言えば最近、クラウドがらみで情報システム部門の人のボヤキをよく聞く。およそ、こんな具合。「新規開発案件の話を経営トップのところに持っていくと、『クラウドの活用を考えないのか』と言われてね。セキュリティや可用性などの面でまだまだ要検討なのに、困ったものですよ」。こんなボヤキの出る企業では当然、システム開発に向けた投資も、クラウド活用も動き出さない。ユーザー企業の多くがそんな状態なら、引き合いが増えてきても実需には結び付かない。

 今、多くの経営者は景気の先行きに自信が持てずにいる。このため設備投資には、なかなか踏み切れない。費用対効果が見えづらいIT投資だとなおさらだ。一方、情報システム部門としては、景気が上向いているのだから、抑制してきたIT投資を復活させたいと考える。もちろん、クラウド活用などまっぴらで、自前でシステムを構築したい。セキュリティの確保などの大義名分もある。

 さて、そんな情報システム部門から経営者のもとにシステム開発、つまりIT投資の案件が上がってくる。確かにシステムの刷新が必要なのは分かるが、今投資に踏み切るタイミングだろうかと経営者は悩む。そして「そうだ、以前ITベンダーのトップからクラウドの話を聞いたぞ。うちはどうしてクラウド活用を考えないのだろうか」と思い至る。その結果、先ほどのボヤキの話になる。経営者は、クラウドは時期尚早との主張する情報システム部門の意も汲む形で、この案件を先送りすることになる。

 そんなわけで、ITベンダーがクラウドをマーケティングすればするほど、ユーザー企業の財布が開かなくなるという皮肉な結果になる。では、クラウドって言わなければよいのかというと、それは話が違う。今この期に及んで、ユーザー企業が次期システムに関して、パブリッククラウドの活用やプライベートクラウドのアウトソーシングを全く検討しないという選択肢は無いからだ。ITベンダーは今まで以上に、クラウドを提案しなければならないはずなのだ。

 こうしたクラウド不況というものが実際にあるとしたら、実はその責任の一端はITベンダーにあるんじゃないかと、私は思っている。ITベンダーのクラウドに対する覚悟が足りないのだ。確かに、ITベンダーの経営者はクラウド事業への取り組みに全力を挙げることを宣言し、技術開発やマーケティングの経営資源をクラウドに大きくシフトしている。しかし、営業の現場はそうではない。商談でクラウド活用を提案しても、本音では従来型のSIビジネスに持って行きたいのだ。

 したがってユーザー企業の中で、クラウド活用か自社保有かで揺れがあるなら、ITベンダーの営業担当者は積極的にクラウド活用をあえて提案したりはしない。つまり、ユーザー企業の経営トップと情報システム部門、そしてITベンダーが三すくみ状態となる。そうしているうちに、ユーザー企業の中で先ほどのプロセスを辿り、案件は先送りとなる。ITベンダーにとっては案件の期ずれ、あるいは失注という事態に立ち至るわけだが、ユーザー企業にとっても必要なシステムの活用で遅れを取ることにもなりかねない。

 リーマン・ショックの直後から何度か、「これからIT分野で起こることは、クラウドコンピューティングというパラダイムシフトと、100年に一度という全世界同時不況との“掛け算の産物”だ」と書いたことがある。さて今、その掛け算の産物とやらが、案件の長期塩漬けであるならば、お話にならない。ITベンダーがビジネスモデルを変え、ユーザー企業がシステムの利活用のあり方を変えていかなければならないのは、もはや自明の理。まずはサプライサイドが覚悟を決めないといけない。