「守りから攻めに転じる絶好のチャンス」。富士通の山本正已社長は2010年7月9日の経営方針説明会でこう語り、成長への転換を図る方針を発表した。その中身を簡潔に言えば、ソフトの自社開発を絞り込み、マイクロソフトやオラクルなど欧米ITベンダーからクラウド関連ソフトやサービスを調達し、自社インフラと組み合わせるというもの。

 山本社長は「クラウドサービス時代の新しいサービスモデル」と主張する。だが、果たしてその方向で富士通の明るい未来は開けるのだろうか。

まるで欧米ITベンダーの販売代理店?

 富士通は業績の伸び悩みで約10年前に構造改革に着手した。最近になり、野副州旦元社長が推し進めた不振事業の整理整頓の成果も出てきた。HDD事業の売却に続き、半導体製造の台湾企業への委託、携帯電話事業を東芝との合弁に移すことなどで、2010年度に営業利益1850億円を見込めるまで回復した。

 その一方、有利子負債は2009年度に過去最低の5774億円と、ピーク時の3分の1以上の削減に成功。フリーキャッシュフローも毎年1500億円を確保できる財務体質になり、それを加味すると実質上の無借金経営になったという。

 そこで打った策は、豊富な資金を活用した欧米ITベンダーとの協業、およびM&Aでクラウドとグローバル化を推し進めることである。野副元社長の路線を全面的に見直し、グローバル展開は「プロダクトとサービスの両輪」から「サービスに軸足を置く」体制に改めた。

 「プロダクトとテクノロジーはサービス事業を支える形になる」(山本社長)とし、欧米ITベンダーとのアライアンスを強化する。山本社長は「富士通1社で、ユーザーの要求を満たすことはできない。垂直統合モデルにアライアンスやM&Aが必要になる」と主張する。

 このビジネスモデルは、富士通がまるで欧米ITベンダーの販売代理店になったかのように見える。例えばSaaS分野で米セールスフォース・ドットコムや独SAP、PaaS分野で米マイクロソフト、米シマンテック、米BMCソフトウェア、IaaS分野で米ヴイエムウェア、米オラクル、米ネットアップ、NaaS(ユニファイドコミュニケーション)分野で米シスコシステムズと組む。これがクラウドサービス時代における富士通の新しいビジネスモデルになるという。

 そのため富士通は、自社開発するミドルウエアを運用管理やセキュリティなどに絞り込み、クラウドサービスの商品作りとグローバル販売体制の再構築に力を注ぐ考えのようだ。大きな収益源だったシステム構築市場の落ち込みをカバーするには、クラウド関連ビジネスの立ち上げを加速させることが必須条件との認識からである。富士通は、クラウド関連ビジネスが2015年にICT市場の20%、2020年に50%を占めると読んでいる。

グローバル販売体制の確立を急ぐ

 クラウド関連ビジネスの立ち上げを加速させるには、グローバルな販売体制の確立が欠かせない。欧州では、英国の富士通サービスがアウトソーシングなどのサービス事業、ドイツの富士通テクノロジーソリューションズがPCサーバーなどのプロダクトを中心に手がける体制を敷く。欧州各国にバーチャルな形で販売拠点を設け、2社からプロダクトとサービスを調達し、地域に根付いた販売戦略を展開するよう再編する。

 欧州各国での販売においては、米HPなど競合ベンダーからPCサーバーやストレージを調達することをやめさせ、富士通製品の扱いを増やす。その一環として、サービス事業は富士通と富士通サービスが展開する基盤を核に据える。山本社長は米国市場の販売戦略について言及しなかったが、2010年度中に米国、英国、オーストラリア、シンガポール、ドイツの5拠点に日本と同じ品質レベルのクラウドサービス基盤を展開する。中国には2011年度中にデータセンターを稼働させ、SaaSなどクラウドサービスに乗り出す。

 野副時代の目標で、唯一残したのが世界でPCサーバーを50万台販売すること。「1台売ると、その4倍の売り上げ効果がある。2009年度の国内販売10万台を20万台にすれば、それだけ大きな売り上げ効果が見込める」(山本社長)。野副元社長の前任である黒川博昭元社長の考え方である。黒川時代の波及効果には、システム構築やアウトソーシングなどもあったが、山本社長はそれらに代わる新しいサービスモデルを見つけ出す必要がある。

 そのためにも、山本社長が掲げる「真のグローバルカンパニー」の具体的な姿、目指すゴールを自身の言葉で語る必要がある。誰かが作成した原稿を棒読みするのではなく、自身の真の考えを示す。そうしなければ、自身が社長就任会見で触れた明治維新のたとえ話のように、富士通(徳川家)の15代社長(15代将軍=最後の将軍)として未来を切り開くことはできないだろう。