南アフリカで行われているサッカーのワールドカップ(W杯)が注目を集めている。残念ながら日本代表は決勝トーナメント1回戦で敗退したものの、ハイレベルな試合に魅了され深夜までテレビにかじりつくビジネスパーソンも多いようだ。7月11日の決勝戦まで、この熱気は続きそうだ。

 そんな中、気が早いことに2014年に開催されるワールドカップブラジル大会に熱い視線を送るのが、日立製作所である。

 ブラジルでは大会開催に向けて、社会インフラの整備が始まっている。2016年にはリオデジャネイロで夏季五輪が開催されることも決まっており、社会インフラ整備に数十兆円規模の投資が見込まれている。都市間を結ぶ高速鉄道や、都市内の在来鉄道では、各国の有力企業が激しい受注合戦を繰り広げている。

 日立は2010年6月22日に、三菱重工業と海外向け鉄道システム事業について共同で案件獲得に取り組むと発表した。その会見で、日立の鈴木學社会・産業インフラシステム社社長が注目している市場の一つとして言及したのが、ブラジルだった。

社会インフラに必要なシステム構築ノウハウが求められる

 ワールドカップやオリンピックというと、新しいスタジアムや競技施設の建設ラッシュに目が向きがちだ。しかし、整備が必要なのはこれらに限らない。鉄道や道路、電力システム、水道といった社会インフラ全般を見直す契機になる。ブラジルでも道路網や鉄道網の整備、電力設備の見直しが始まっているようだ。

 IT業界にとっても、新興国の社会インフラ整備は大きな市場である。新興国はこれまで未整備だった分、情報通信技術などを取り入れた高度なインフラ設備を導入するケースが多いからだ。

 日立がブラジルに注目する理由もそこにある。同社は鉄道車両や関連設備はもちろん、それらを運用するための各種情報システムを手がけている。車両の運行を管理するシステムや信号を制御するシステム、さらに座席予約システムやICカードを使った乗車券システムなどが必要になる。

 鉄道以外のインフラでも、情報システムは不可欠だ。交通システムなら渋滞情報を管理するシステムや自動料金収受(ETC)システム、電気自動車の充電設備を管理するシステムが要る。水道であれば、水道管や排水設備の状態を管理するシステムなどがそうだ。

 こういった情報システムを構築する技術やノウハウが、今新興国で求められている。IT業界にとっては大きなビジネスチャンスである。政府も社会インフラシステムの海外戦略を支援する姿勢だ。

 経済産業省によれば、今後世界各国で実施されるインフラ構築プロジェクトの事業規模は、年間1兆6000億ドル、およそ144兆円であるという。IT産業がかかわるのはこの一部だが、巨大市場であることは確かだ。

W杯が日本の社会インフラも変えるか

 いまIT業界全体が、社会インフラ事業に大きくハンドルを切っている。米IBMは「Smarter Planet」というコンセプトを提唱し、ITを使って社会インフラを効率化する事業を世界各地で展開中だ。米アクセンチュア、米シスコ、米ヒューレット・パッカードなども同様だ。

 日本のIT企業も2009年ころから、社会インフラ事業をビジネスの柱の一つに据え始めている。日立は「社会イノベーション事業に注力する」と明言しているし、富士通やNECはスマートグリッド関連事業に着手している。

 社会インフラのビジネスを手がけていない読者にとっては、自分にはあまり関係ないと感じるかもしれない。しかしそれは早計だ。社会のIT化が進めば、その社会の中でビジネスを展開する企業の情報システムにも影響が及ぶ可能性がある。

 例えば、交通システムが高度になり、渋滞情報をリアルタイムに細かく把握できるようになったとしよう。企業の物流システムがその情報を利用しない手はない。渋滞の状況に応じて、物流システムがルート変更を配送車に指示する仕組みを構築できるかもしれない。

 「新興国の話だろう」という声も聞こえてくる。しかし、日本にもワールドカップが再びやってくるかもしれない。2022年のワールドカップを招致すべく、日本サッカー協会などが中心となって日本招致委員会を組織し、すでに活動を始めている。

 ワールドカップやオリンピックのような大きなイベントは、その国の社会インフラをITにより高度化する絶好の機会になっている。日本にワールドカップがやってくるとすれば、それは大きな喜びだ。同時に、それに伴って日本にどのような次世代社会インフラが生まれるのかにも期待が膨らむ。日本のIT業界にとっても朗報となるかもしれない。