2010年3月期決算から日本国内の上場企業の連結財務諸表にも適用が認められた「IFRS(国際会計基準)」。任意適用の第1号として水晶部品メーカーの日本電波工業が名乗りを上げた(関連記事)。

 会計基準を日本基準からIFRSに変更したことに伴う業績の差異を見ると、売上高はマイナス6000万円で増減率としてはマイナス0.1%だった。一方で、当期利益はプラス3億3800万円で増減率がプラス8.4%と、相対的に影響が大きく表れた。

 売上高が減少した要因は、収益認識(売り上げ計上)のタイミングを、従来の出荷基準から、IFRSに即した「リスクと経済価値が顧客に移転したタイミング」に変更したためという。当期利益が増加した理由は、社債の償還益などの税効果の差異と説明している。

営業活動以外の要素で給与が変動する可能性も

 企業の財務数値を計る“モノサシ”である会計基準を変更すれば、売上高や利益といった業績に影響が及ぶのは必然である。当然、業績の変動について、経営者は株主に対して説明責任を負う。だからこそ、企業経営者はIFRSの適用に伴う財務面の影響を見極めようと、監査法人やコンサルティング会社を通じて関連情報の収集・分析に取り組み始めている。

 「IFRSは企業の業績に影響を及ぼし、同時にグローバル競争時代の連結グループ経営改革のきっかけになり得る」---。経営コンサルティング会社などは異口同音にIFRSの経営上のインパクトを強調する。こうした論調を見聞きしたとき、企業の経営者ではない人たち、つまり従業員は、会計処理の当事者である経理・財務部門を別にすれば、「大変な時代がやって来そうだ」と、やや他人事のように思うだけかもしれない。

 でも、ちょっと考えてみていただきたい。年功序列型の賃金体系に代わって成果主義を人事評価に組み込み、業績数値を従業員個人の給与や賞与に直接的に反映させる企業は増え続けている。以前から個人や部門の売り上げ成績を人事評価に反映させたり、期間利益の一定割合を賞与の原資としたりする企業はあった。最近では、売上高総利益率(売上高総利益/売上高)やフリーキャッシュフローなど財務上の指標を部門や個人の業績評価に用いる企業も出てきている。

 こうした企業が会計基準をIFRSに切り替えたら、どうなるだろうか。例えば部門や個人の業績評価を財務諸表上の「営業利益」に連動させている企業では、IFRS財務諸表での「事業の収益・費用」を構成する「営業」と「投資」の区分方法次第で、従業員の成績評価に従来の特別利益や特別損失が影響を及ぼすことになりかねない。具体的には、設備投資や固定資産の売却といった、本来の“営業活動”とは異質の要素によって、従業員の給与や賞与が変動する可能性が出てくる。

評価方法の再設計が必要

 当然、従業員の営業活動とは無関係の要素によって人事評価や賞与が極端に変動するような制度では、従業員の納得感は得られにくい。従業員のモラール(士気)を維持するためには、新しいモノサシであるIFRSによって導き出される新しい財務指標に基づいて、個人や部門の評価方法を再設計する必要があるはずだ。

 また、家電のように保証サービスやポイントを付けて販売される商品では、IFRSが適用されると、会計処理上は商品本体以外の部分の売り上げを繰延収益として処理することになり、売り上げへの即時計上が認められなくなる。営業担当者や店舗の業績評価の基準として、従来の売り上げ金額を使うのか、“会計上の計上金額”を使うのか、調整が必要になるかもしれない。

 百貨店や商社に多い「代理販売」の形態でも、IFRSでは会計処理上の売上高の表示が「総額」ではなく、手数料部分だけの「純額」となる。やはり評価指標の検討が必要なケースが出てくるだろう。

 当期利益は黒字を確保できていても、保有する金融資産や不動産の価値が大きく目減りした結果、「包括利益」が大幅な赤字に陥ったとする。その場合、経営者は当然のことながら経営責任を問われる。その際に従業員の賞与の原資を調整することは妥当なのか---。

 すでに一部の項目が日本基準に取り込まれつつあるIFRSは、上場企業の経営者だけでなく、そこで働く従業員にも数々の判断を迫ることになる。最後に宣伝で恐縮だが、IFRSが企業に与える影響や採るべき対策については、近刊「包括利益経営---IFRSが迫る投資家視点の経営改革」も参考にしてほしい。