“受け身”だと非難されがちなIT技術者。設計・開発や運用現場における自らの体験を、もっと語ってはどうだろう。世界規模で、かつての常識が崩れ、先行き不透明な時代にあっては、先行者の“体験”こそが指針になるからだ。例えば、iPhone/iPad、あるいはTwitterやUstreamなどに代表される新端末・新メディアを巡る話題が活況を呈しているのも、第三者の体験を容易に共有できる点が受けているからだ。

テレビ深夜番組とApp Storeの共通点

 最近、「体験の価値が高まっているなあ」と、改めて実感する場面が増えている。テレビの深夜番組を見ているときや、iPhone用アプリケーションを選択する際にApp Storeのランキングや利用者の評価、あるいはiPhone活用本などを読んでいるときなどだ。

 前者では、“実体験”を売り物にする番組が目に付くようになった。著名なタレントによる工場見学ものや科学実験もの、あるいは飲食店の人気ランキングを実際に食べながら当てたり、口コミ情報などを実際に試しながら作成するランキングなどである。シナリオ作成などのコスト削減があるのかもしれないが、視聴者としては「へぇ~、なるほど」と、好奇心をくすぐられ、ついつい見入ってしまう。

 後者では、当初はサイト上のコメントや、雑誌などで機能紹介されたアプリケーションなどを参考にしていた。ただ、両者の評価が食い違っていることもあり、優柔不断な記者にすれば、結局何も選べなかったこともある。それでも、利用者の生活パターンとその人が選んだアプリケーションを併記した特集記事を見たときは、「なるほど、こう使うのね」と妙に納得できた。体験に裏付けられた説得力といったところだろうか。

 ランキング番組などは決して目新しくはない。だが、かつてのランキングは視聴者/利用者による投票型であり、好きか嫌いかといった最終判断を反映したものだ。これに対し先に挙げたランキング番組などは、最終判断そのものだけでなく、そこに至る過程、すなわち個人の体験を楽しむ形になっている。

定額・常時接続で「体験」の価値が上昇

 体験の価値が高まっている背景としては、一つはモノがあふれ、かつモノ自体の情報は容易に取得できることがある。次々と登場する新製品の中から、自分が本当に必要としているモノを見つけ出すのは意外と難しい。懐具合からも、そうそう買い換えるわけにもいかないだけに、選択を誤ったときには相当に悔しく感じるのは、記者だけではないだろう。

 もう一つの背景として、通信環境やコンテンツ利用料の定額制への移行が挙げられる。従量課金時代には、必要なモノだけをダウンロードすることが重要だった。しかし、定額制の下では、必要なときにダウンロードすればよい。本やCDなど部屋中のモノを携帯電話画面に放り込んでいくというCMがあるように、ネット上に保管し、利用時のみ取り出すということが特別ではなくなっている。

 そこで重要になるのは、コンテンツをどう探し出すかだ。産業技術総合研究所(産総研)で音楽情報処理分野を研究する後藤真孝 情報技術研究部門メディアインタラクション研究グループ長は、かつての取材で、「検索・視聴の履歴というコンテキスト(文脈、背景)に新たな価値が生まれる」と語っている。検索履歴や検索結果を伝えられれば、受け手も同じコンテンツをネットから取り出せるからだ。

 後藤グループ長の指摘については当時、理屈としては理解していたつもりだ。だが、記者が最近、深夜番組やApp Storeのランキングなどをみて感じていたのは、まさに後藤グループ長の指摘そのものだと言える。