米Amazon Web Services(AWS)は2010年4月28日(米国時間)、シンガポールのデータセンターで仮想マシンホスティング「Amazon EC2」やオンラインストレージの「S3」といった各種サービスの運用を始めた。既設の米国東西、欧州の各センターと合わせて、計4群となる。次はどの地域に展開するのか。ネットワーク寄りの視点から推理した。

 日本のAWSユーザーにとって幸いなことに、シンガポールの次は、日経コンピュータの既報通り2010年内にアジアにもう一つセンターが稼働する。Amazonの本業となるECサイトのサービス地域である日本および中国が有力な候補で、国内ユーザーにとってはいずれにせよ近い。

 データセンターとの距離は、システム性能に直結する。距離が近いほどネットワークの実効速度が上がるからだ。インターネットのプロトコルであるTCP/IPでは、通信相手の応答を待つ必要がある。10Gビット/秒の回線を用意したとしても、応答を待つ間はパケットを送れない。パケットのやり取りが頻繁に起こるようなアプリケーションでは、東京-大阪といった国内でも影響が出る(関連記事)。

 Windows 7クライアントで計測すると、米国西海岸から東京への下り通信速度が10Mビット/秒なのに対し、シンガポールEC2からの下り通信速度は13Mビット/秒前後。Windows Vista/7はTCP/IP設定の自動最適化機能があるためチューニングできないが、Windows XPでTCP/IPの設定に手動で最適化を施すとそれぞれ同16Mビット/秒、同20Mビット/秒前後に達した。2010年内に日本や中国にセンターが設置されれば、さらなる実効速度の向上が見込める。

シンガポール以西はガラ空き

 気になるのは、アジアに二つのセンターを設置した後の次の一手だ。

 シンガポール以西を見ると、アイルランドにセンターを置く欧州EC2まで空白地帯が続いている。シンガポールEC2と欧州EC2の間でパケットの往復にかかる時間(RTT)を測定すると、296ミリ秒と長い()。そこでこの空白地帯の中間に、データセンターを設置するのではないか。シンガポールEC2からも欧州EC2からもネットワーク的に遠い距離にある、中央アジアや中東がその候補だ。記者はそう考える。

表●EC2センター間のRTT(往復遅延時間)
60秒測定した平均値。東京はセンターが設置された場合を想定した参考値として測定。
測定サイトRTT(往復遅延時間)
米国東海岸EC2-米国西海岸EC281ミリ秒
米国西海岸EC2-欧州EC290ミリ秒
米国西海岸EC2-シンガポールEC2198ミリ秒
シンガポールEC2-欧州EC2296ミリ秒
【参考】東京-シンガポールEC280ミリ秒
【参考】東京-米国西海岸EC2120ミリ秒

 需要を考慮すれば、IT化の進展著しいインドでもう一つセンターを稼働させ、さらにその後は米国や欧州の内陸部に広げるというのが合理的だろう。S3のオプションとして提供するCDN(コンテンツ配信ネットワーク)サービスの「CloudFront」のキャッシュサーバーがある米ダラス、イギリスのロンドンやドイツのフランクフルトあたりに展開していくのではないか。

Amazonのゴールにふさわしいアレクサンドリア

 Amazonはその競争力を、常に低コスト体質に求めている。価格を下げ、顧客を引きつけ、増やし、購買力を上げ商品力を高める。これはEC2やS3を含むAmazonの全サービスで共通のモットーで、例外はない。既設のデータセンターを改めてみると、基本的に海底ケーブルの基地局(陸揚げ局)が集まる場所にセンターを置いている。日本もその一つで、米国や香港、シンガポールといった地域と海底ケーブルで結ばれたハブである。

 米PriMetricaの調査部門であるTeleGeographyが公開している海底ケーブルの敷設状況「Submarine Cable Map 2010」に着目すると、シンガポールから西にアフリカ南端を回って欧州に達するルートと、紅海を経由して地中海に抜けるルートの大きく二つがある。航路に置き換えれば、喜望峰とスエズ運河の両ルートである。このルートのいずれかにEC2のデータセンターを置けば、ネットワークの遅延が100ミリ秒前後に収まる地域が増える。時差によるリソース利用率の平準化も見込める。

 前者のルートは、最近ではKDDIがTELEHOUSEブランドのデータセンターを稼働させた南アフリカ共和国の主要都市ケープタウンが、陸揚げ局としてある。そして後者ルートのほぼ中間に、エジプト・アラブ共和国のアレクサンドリアがある。

 アレクサンドリアは、地中海貿易の要衝として栄えた歴史的都市だ。古代最大の図書館があったことで知られる。今も新アレクサンドリア図書館、「ビブリオテカ・アレクサンドリナ」としてアナログ、デジタルの両面で世界最大級の図書館を育てるプロジェクトが進行中だ。オンライン書店を事業の原点とするAmazonにとっては、象徴的な地域と言えるだろう。

 海底ケーブルの目抜き通りの一つであるアレクサンドリアなら、コスト構造の無駄を抑えつつデータセンターを設置できる。この地にEC2のセンターが設置され、Amazonが物理的な意味で世界規模のクラウド事業者に上り詰めたことを宣言する日が来ないかと、歴史ファンの一人としてひそかに期待している。