政府の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)が、新しいIT基本戦略である「新たな情報通信技術戦略」を決定した(参考記事)。

 内容面で3月下旬に公表した骨子(案)から大きな変更はないが、総務省の「原口ビジョン/同II」や、民主党情報通信議員連盟の参院選向けマニフェスト(政権公約)案に沿った内容なども盛り込まれた。また具体的な取り組みについては、担当府省と実現時期が新たに明記された。5月中に工程表として整理するとともに、関係府省の具体的な連携体制も確立するとしている。

 新IT戦略は、(1)国民本位の電子行政の実現、(2)地域の絆(きずな)の再生、(3)新市場の創出と国際展開---の3本柱からなる。ここでは(1)国民本位の電子行政の実現の中でも、「情報通信技術を活用した行政刷新と見える化」に絞って、注目点を見ていく。

これまでのIT投資の総括と教訓を生かした行政刷新

 新戦略は、冒頭の「基本認識」の部分で、「過去のIT戦略の延長線上にあるのではなく」「非連続な飛躍を支える」ものと説明されている。自民党政権時代に推進された各種オンライン申請サービスの利用が低迷している現状などを反省し、業務プロセスを徹底的に見直すとともに、投資効果に基づく対象サービスの選別などを進める。政府の業務の見直しでは、事業仕分けで注目を集めた行政刷新会議と連携して、IT投資の無駄を省く計画である。

 ただ、過去の予算のしがらみを断ち切り、IT投資の効率的な個所付けを推進するためには、司令塔となる「政府CIO」の存在が非常に重要になる。民主党情報通信議連のマニフェスト案では内閣官房副長官を充てるとしているが、新IT戦略では「(法制度を裏付けとする)実質的な権能を有する」とあるだけで、骨子(案)から新しく追加された記述はない。

 新戦略で明記された個々の取り組みの中には担当府省が七つにも上る項目まであり、強力なリーダーシップがなければ府省間の協調・役割分担を交通整理して予算配分をコントロールするのは難しい。各府省が予算要求に本格的に着手する前に、強力な政府CIOを設置するとともに、政府CIOを補佐するチーム体制を整える必要がありそうだ。

国民ID制度の導入と公的ICカード

 社会保障と税に共通の番号制度である「国民ID」は、2013年までに制度を導入するとした。これまで政府の「社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会」では、2010年中に政府内合意を取りつけ、2011年に法案を成立させ、2013年に国民IDを配布したうえで、2014年から運用を始めるスケジュールを想定していた。新IT戦略の「制度の導入」が本番運用を意味するなら、検討会の導入目標よりも1年前倒しされることになる。

 公的ICカードについては、「整理・合理化を行う」と明記された。現在使われている公的ICカードは「住民基本台帳カード」だけなので、整理・合理化とは、既存の住基カードと新しく発行する国民ID用のICカードとを何らかの形で“統合”すると解釈してよいだろう。国民IDの導入と同時に、住基カードは刷新されることになる。

 国民ID制度の項目では、もう一つ注目すべき記述がある。行政手続きの申請などの際に、既に行政機関が保有している情報については、原則として記載・添付を不要にしていくというものだ。実は住民が申請する住民票などの公的書類の提出先は、市役所などの行政機関である場合が多い。はじめから行政機関が持っている情報なら、行政機関内でやり取りしてもらえれば、住民が申請に手を煩わせる必要はなくなる。行政事務の効率化と住民の利便性向上に大きく寄与する取り組みと言える。

全国共通の電子行政サービスの実現

 地方自治体の電子行政については、行政効率化などの観点から、クラウドコンピューティング技術を活用したシステムの統合・集約を進めると明記された。新戦略では「クラウド技術」が何を指すかは示していないが、今後自治体での新規のシステム構築案件では、クラウドの活用、サーバーの統合・集約が必須の条件となる可能性がある。その場合、システム規模が小さい中小規模の自治体では、他自治体とのシステム共同化が不可欠になるかもしれない。

 また、行政手続きに関する電子的なフォーマットの共通化もうたっている。こうしたシステムやフォーマットの共通化は、業務プロセスの標準化なしには実現できない。このため、自治体での仕事の進め方にも中央政府の統制が働き始めるという見方もできる。