情報戦略の“真の意思決定者”は誰か---これが見えなくなっているITベンダーが増えているように感じる。「誰に商材をアピールすればよいでしょう? やはり社長でしょうか」。ITベンダーのマーケティング担当者から、こういった質問を受けることが少なくない。筆者はコンサルタントではないので、「お客さんに聞くのが一番早いと思いますよ」と言ってお茶を濁すことにしている。

 つい先日、マーケティング分野のコンサルタントと話をしたときも、同様の話題で盛り上がった。「ユーザー企業の社長や非IT分野の役員をヒアリングしてほしい」というクライアントがいるのだそうだ。そのクライアントはITベンダーで、「自社の商材が売れていないのは、社長や非IT分野の役員の認知度が低いからだ」と思っているとのことだった。中には「システム部門を訪問しなくてもいい」と号令をかけたITベンダーもあるという。

 コンサルタントから意見を求められた筆者は、以下のように話した。「そもそも社長や役員が、パッケージソフトやサーバーを選ぶのでしょうか。もちろん投資判断はするでしょうが、製品選定や発注先の選定は現場の仕事です。経営層が採用製品を議論するような顧客は、経営プロセスが機能していない危ない会社か、もしくは経営が順調すぎて社長や役員が暇な会社なのでしょうね」。

見えなくなったITの意思決定者

 一般消費財と違い、企業情報システムの場合は「意思決定者」の顔が見えにくい。ITの導入プロセスそのものが、プロジェクトの発案から情報収集・検討、製品の選定、発注策の選定、そして投資判断、といった多段階の構造をとっているからだ。どこに本当の意思決定者がいるのか、ITベンダーからは見えない。

 一つ言えるのは、「お金を払う人(投資の意思決定者)」と「商材を選ぶ人(製品選択の意思決定者)」は必ずしも一致しないということだ。企業情報システムに限らず、「お財布はお父さん、選ぶのはお母さん」といった一般消費財の業界でもよくある話だろう。企業情報システムの場合、前者では社長や役員がかかわるのが当然だとしても、後者が社長や役員であるとは限らない。

 では、誰が商材を選んでいるのか。これを特定するのは難しい。ひと昔前なら「システム部長」や「システム部門」と断言できた。しかし、システム部門の弱体化が進み、「予算がない」「経営・業務部門からの信頼がない」「権限がない」「人もいない」という状況では、「本当にシステム部長が意思決定者なのか?」と疑念が生まれても不思議ではない。ITベンダーのマーケティング担当者が「非ITの社長か役員にアプローチせよ」と号令をかける気持ちも何となく分かる。

システム部長・課長が「決める」

 分からないことがあったら調べればいい。そこで日経コンピュータの4月28日号では、「真の意思決定者は誰か」を探る調査を実施した。詳しくは誌面をご覧いただきたいが、一つだけ調査結果を紹介しよう()。基幹系のアプリケーションにおける導入プロセス別の「真の意思決定者」の分布である。

図●基幹系アプリケーション(会計や販売管理など)の導入プロセスにおける真の意思決定者
図●基幹系アプリケーション(会計や販売管理など)の導入プロセスにおける真の意思決定者
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 設問では「真の意思決定者は誰か」と素直に聞いた。その結果は「システム部長」または「システム課長・主任」だった。はっきり言って、あまり驚きがない結果である。「システム課長・主任」の割合が想定よりやや高かったくらいだ。

 会社としての最終決定は「CIO(最高情報責任者)」の占める割合が半数を超えた。投資案件は役員会の承認が必要なケースが多いため、当然の結果といえるだろう。大抵はこの段階で、導入する製品や発注先は決まっている。

 この結果は本当に正しいのだろうか。調査結果を取材先のユーザー企業にぶつけてみた。すると役員やシステム部長には、「そりゃそうだ」と笑われた。

 製造業でCIOを兼務する役員は、「私は方向性を示すだけ。実行計画などはシステム部門に任せている。それができるのはシステム部門しかないでしょう」と当たり前のように言う。サービス業のシステム部長は、「システム部長の仕事は増えるばかり。製品や発注先の選定まで、正直、手が回らない。課長が“影の部長”みたいな存在かな」と打ち明ける。

真の「CIOオフィス」が生まれる

 システム部門は「弱体化した」などと言われている。筆者もそう言っていた。それでも、システム部門は情報化戦略の要であり続けている。

 さらに取材を進めていくと、ここに来てシステム部門を軸に情報化戦略の推進体制を強化する企業が増えていることも分かった。各社が相次いで創設しているのは、従来のシステム部門でもなければ、経営企画部門でもない新しい情報化推進部門だ。

 その名称は企業により千差万別だが、役割は米国企業で一般的な「CIOオフィス」そのものだ。経営戦略と情報化戦略を同期させるために、システム開発・運用部門やITベンダー、事業部門と連携しながら、経営改革や業務改革を推進することを専門とする。もちろん、情報化戦略にかかわる意思決定をするのは「CIOオフィス」である。

 今年に入り、上場企業約20社がCIOオフィスの創設に向けた組織改革やシステム部門改革に着手している。今後、情報化投資を再開・強化する企業が増えるにつれて、「CIOオフィス」を創る動きは加速していくとみられる。

 ここで冒頭の話題に戻る。「情報化戦略にかかわる“本当の意思決定者”は誰なのか?」。こう聞かれたら、これから筆者は「CIOオフィス」と答えるようにしたい。「システム部門」と言ってももちろんよいのだが、あえて従来型の弱体化したシステム部門と違うことを強調したいという思いもある。