iPhoneが好調だ。調査会社MM総研によると2009年度のスマートフォン国内出荷台数234万のうちの7割以上がiPhoneだという。まさに「一人勝ち」状態だ。

 いま、このiPhoneとつばぜり合いを演じている携帯電話がある。想像がつくだろうか。「らくらくホン」だというと、意外に思う方が多いかもしれない。

ともに「ユニバーサルデザイン」に基づく機能を搭載

写真1●NTTドコモの高年齢層向け携帯電話「らくらくホン」
写真1●NTTドコモの高年齢層向け携帯電話「らくらくホン」
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 らくらくホンは、NTTドコモが販売している高年齢層向けの携帯電話である。主に富士通が開発・製造しており、2010年2月時点で累計で1600万台を出荷している人気機種だ。画面で表示する文字を大きくでき、ボタンが押しやすくなっているなどの特徴がある(写真1)。

 使いやすさを重視した携帯電話が、高機能なスマートフォンであるiPhoneと対決する要素はどこにあるのか。それは「ユニバーサルデザイン」という考え方に基づいた機能を搭載している点である。ユニバーサルデザインとは、国籍や性別、身体的なハンディを問わずに使えるような製品やサービスの設計方針のことをさす。

 あまり注目されていないが、iPhoneには視覚障害者や聴覚障害者でも操作可能にする機能がいくつか搭載されている。このため視覚障害者の中で、らくらくホンからiPhoneに乗り換える人たちが増えているという。

 ある視覚障害者は、「新しい端末を使いたいと考えてiPhoneを購入した。ただ使い方がかなり違うので慣れるのに時間がかかる。早く慣れたいと考え、らくらくホンは持ち歩いていない」と話す。

利用者の声を聞いて改善するらくらくホン

 らくらくホンも依然として根強い人気がある。高齢者層に向けた機能は、障害者にも役立っている。ある障害者支援NPOの担当者は、「携帯電話を持つ視覚障害者の8割は、らくらくホンを使っている」と分析する。

 出荷台数だけみれば、らくらくホンの1600万台に対し、iPhoneは2009年度でその10分の1程度にすぎない。しかしiPhoneの利用者数は急速に伸びている。障害者が使う携帯電話として「2強時代」になりつつあるのだ。

 歴史が長いこともあって、らくらくホンの機能は充実している。文字フォントは通常の携帯電話の約2倍に拡大でき、さらに拡大鏡機能を搭載する。フォントにも工夫しており、線の太さを均一化したり、デザインを変えて視認性を向上したりしている。

 画面に表示するテキストは、標準搭載する音声エンジンが読み上げる。通常文字は男性の声で、リンク部分は女性の声で発声する。文字入力中は、変換候補まで読み上げる。

 音声でメールを書いて送信する機能もある。らくらくホンが音声の特徴点をデータ化してサーバーに送ると、サーバーがテキストデータにして返信する仕組みである。聴覚が弱い人に向けた機能もある。例えばはっきりボイス。受話音声の強弱に応じて音量を調整し、聞き取りやすくする。

 開発元である富士通は定期的に、視覚障害者を支援するNPO法人などに出向き、障害者のらくらくホンに対する意見を聞き、機能改善や強化に役立てているという。KDDIが高齢者向けに「簡単ケータイ」を販売しているが、機能の充実度ではらくらくホンが上のようだ。

iPhoneが不満の受け皿になる

写真2●NPO法人ハーモニー・アイが開催した障害者の携帯電話の活用をテーマにしたセミナー
写真2●NPO法人ハーモニー・アイが開催した障害者の携帯電話の活用をテーマにしたセミナー
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 らくらくホンへの評価が高い一方で、障害を持つ利用者にとってはいらだちもあるようだ。「らくらくホンは確かに機能が充実している。しかし私たちはいつまでもらくらくホンから離れられない。ほかの選択肢はないものか」。NPO法人ハーモニー・アイが2010年2月に開催した、障害者の携帯電話の活用をテーマにしたセミナーではこんな声が上がった(写真2)。

 発言したのは、らくらくホンを使っている視覚障害者である。携帯電話を使ってメールの読み書きやWebページの閲覧をするのはもちろん、電子書籍をダウンロードして読書したり、ゲームで遊んだりしているという。駅の時刻表もレストランのメニューも読むことはできないが、あらかじめ携帯電話で調べれば音声読み上げで知ることができ、駅やレストランで困ることはないという。

 同時に登壇者からは、こういった障害者の生活を助けることができる国産の携帯電話がらくらくホンしかないことを嘆く声もあった。「私たちだって、最新の機能を使いたい。NTTドコモ以外の携帯電話事業者も、今以上に力を入れてほしい」。

 iPhoneはそういった声の受け皿になりつつある。画面の表示部分を拡大する機能や音声による操作機能、音声読み上げ機能「VoiceOver」などを搭載しているからだ。

 NTTドコモやKDDIは、iPhoneの対抗馬として相次いでスマートフォンを発表した。しかし高齢者や障害者に向けた機能は搭載していないようだ。アプリケーションの豊富さや使い勝手はともかく、ユニバーサルデザインの観点ではiPhoneに及ばない。

 機能を絞り利便性の高さを重視するらくらくホンと、最新のスマートフォンであるiPhone。この両者だけが、視覚や聴覚に不自由がある利用者層に受け入れられているというのが現状なのである。

 厚生労働省の調べでは、18歳以上の視覚障害者は31万人、聴覚・言語障害者は34万3000人である。視覚や聴覚が衰えている高齢者はますます増える。そういった層に向けた製品開発がもっと活発になってもよいのではないか。