最近、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(以下、もしドラ)という小説を読んだ。2009年12月の発売以来、販売部数が38万部を超えるベストセラーという。この4月に、ビジネス誌が「ドラッカー特集」の冒頭で6ページにわたり「もしドラ」を紹介していて、気になっていた本である。

 この小説のストーリーを簡単に紹介すると、主人公は高校野球部の女子マネージャー「みなみ」。ドラッカーの経営書『マネジメント(エッセンシャル版)』を読みながら、野球部を甲子園に連れていくべく、マネジメントする――というもの。ピーター・ドラッカー(1909-2005)といえば、「20世紀最高の知識人」「マネジメントの発明者」などと評される経営・社会学者である。そんなドラッカーの経営書を高校生が読んで実践するという破天荒な設定なのだが、これが面白い。

 「もしドラ」では、要所要所でドラッカーの『マネジメント』の言葉を引用し、それらを野球部のマネジメントにどう生かすかを描いている。企業経営の話を野球部のマネジメントに当てはめて考えていくプロセスが面白く、気が付くと筆者も一緒になって考えていた。特に筆者が興味深かったのは、描かれている内容がほとんど「プロジェクトマネジメント」なので、「野球部」を「システム開発プロジェクト」に置き換えても楽しめることだ。

「システム開発プロジェクト」をどう定義するか?

 そんな視点から「もしドラ」を読んでいて、筆者が「う~ん」と考え込んでしまったところがある。それは『マネジメント』に従って、まずは野球部の「事業」や「顧客」を定義する、というくだりである。ここで「もしドラ」に引用された『マネジメント』の言葉を紹介しよう。

■あらゆる組織において、共通のものの見方、理解、方向づけ、努力を実現するには、「われわれの事業は何か、何であるべきか」を定義することが不可欠である。

 主人公のみなみはこの問いに途方に暮れてしまうが、プロジェクトマネジメントの観点から有意義であることは、みなさんも想像に難くないだろう。一定の期間内に所定の成果を挙げなければならないシステム開発プロジェクトにおいては、「共通のものの見方、理解、方向づけ、努力を実現する」ことが欠かせない。これは、多くのプロジェクトマネージャーが指摘している。キックオフミーティングをプロジェクトの“方向づけの場”として活用する話など、よく耳にする。

 そこで筆者も、システム開発プロジェクトにおける「われわれの事業は何か、何であるべきか」を考えてみた。すぐに思いついたのは、「QCD(品質・コスト・納期)を守ってシステムを納品すること」だ。無難な答えではあるが、当たらずとも遠からず、と思った。

 しかし、すぐ後に出てくる、下記のドラッカーの言葉(要約)に筆者は落胆した。

■自らの事業は何かを知ることほど、簡単でわかりきったことはないと思われるかもしれない。鉄鋼会社は鉄をつくり、銀行は金を貸す。しかし実際には、答えることが難しい問題である。わかりきった答えが正しいことはほとんどない。

 つまり、「QCDを守ってシステムを納品すること」はわかりきった答えであり、それはプロジェクトを方向づける定義として(おそらく)正しくないと言われたわけだ。その理由が何なのか、全く想像もつかなかったので、筆者は「う~ん」と考え込んでしまった。さらに「顧客」についても次のような問いが提示された。

■企業の目的と使命を定義するとき、出発点は一つしかない。それは顧客である。顧客によって事業は定義される。

 ドラッカーが言う事業と顧客の関係はある意味常識だと感じたが、ドラッカーによれば、これもやはり難しい問題であるという。システム開発プロジェクトの顧客として「発注者」「システムのユーザー」などが考えられるが、いずれも「わかりきった答え」の域を出ていない気がした。