iPhoneが日本で発売されてから、今年の7月で2年が経つ。すでにゲーム関連企業やインターネット関連企業を中心に、多くの企業がiPhone向けサービスを展開している。iPhoneユーザーを対象に、独自のプロモーションを実施する一般企業も増えてきた。

 iPhoneには、従来の携帯電話機にない操作性と表現力がある。これを生かすことで、テキストベースで縦長の既存のモバイルサイトよりも表現力に富んだサイトを構築できる。アップルが運営するダウンロードサービスであるApp Storeを利用して、専用のアプリケーションを提供する方法もある。

 すでに欧米では、一般企業がiPhoneユーザーに向けたプロモーションを盛んに実施している。その中でも、無料のアプリケーションを提供し、製品やサービス、またはその企業自体の広告、宣伝を実施する方法が注目されている。ここでは、こうしたアプリケーションを“ブランドアプリ”と呼ぶことにする。

「利便性を最優先に」ブランドアプリを開発したネスレ日本

 日経BPコンサルティングが2009年12月に発表した「iPhone利用動向調査」によると、ブランドアプリの利用経験者の6割弱が、企業・製品・サービスへの興味を増したという結果が得られた。ブランドアプリをうまく活用することで、ターゲットユーザーとのきずなを深めていく「エンゲージメント」(会社に対する愛着心)の効果が期待できることがわかったのである。

 iPhoneユーザーに評価の高いブランドアプリを提供するためのポイントは何か? そのヒントをネスレ日本に聞いてみた。

図1●ネスレ日本の「ココロとカラダのバランスレシピ」
図1●ネスレ日本の「ココロとカラダのバランスレシピ」
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 ネスレ日本は、1500を超える料理用レシピを格納したアプリケーション「ココロとカラダのバランスレシピ」を提供している(図1)。2009年6月から提供を開始し、半年で14万超のダウンロードを記録した。2010年3月現在では、ダウンロード数は17万に達している。

 同社がレシピコンテンツを提供するのは、これが初めてではない。PC向け、携帯電話の主要3キャリア向けにレシピサイトを展開しており、そのコンテンツやノウハウをiPhoneアプリに転用した。

 もちろん、単に画面をiPhone向けに調整しただけで、多くのユーザーに利用されるようになるとは思えない。「転用する際に、iPhoneというモバイル端末の特徴を生かすことに腐心したことが良かったのだろう」とウェブ&モバイルコミュニケーション室の高田耕造氏は振り返る。

iPhoneアプリを作る際に四つの工夫

 ネスレ日本は、アプリ開発を進めていくうえで、どのような工夫をしたのか。高田氏がこだわったポイントは、何よりも利便性を優先することだった。具体的には以下のようなものだ。

  • アプリケーション利用中にパケット通信を必要としない設計にする
    --->キッチン、スーパーマーケット、地下鉄、海外などでも利用可能に
  • 加速度センサーを積極的に利用する
    --->iPhoneを横に傾けることにより拡大写真を表示し、料理本をめくる感覚でレシピを選択できる。料理手順をチャート形式で表示する(図2
  • キッチンタイマー機能を内蔵
    --->タイマー利用時にアプリケーションを閉じる必要がない
  • アプリケーションを利用している最中は、スリープ状態にしない
    --->スリープから復帰させるために料理中の濡れた手でiPhoneに触れなくて済む(触れる回数を減らせる)
図2●加速度センサーを利用したレシピフローの表示
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図2●加速度センサーを利用したレシピフローの表示
図2●加速度センサーを利用したレシピフローの表示

 「継続的に利用してもらうためには、アプリケーションの利便性が一番大事。ネスレの商品を知ってもらうことは重要だが、利便性が下がることは避けたかった」と高田氏は話す。

 「ココロとカラダのバランスレシピ」ではネスレ日本の製品を積極的に宣伝してはいない。使いやすいアプリを目指した結果、レシピ内にネスレ製品が使われている以外、宣伝色はまったく無くなった。逆にそこがユーザーに評価されたのではないかと、高田氏は見ている。「利便性が高いアプリという理由で、アップルやソフトバンクの広告に取り上げてもらえた。その広告効果が大きかったと思う」(同氏)。

 栄養、健康・ウェルネス分野への事業転換を加速させているネスレ日本にとって、今回のブランドアプリ開発は、期待した以上の成果を収めることができたようだ。健康志向の顧客と接点を持つことができただけではなく、高い評価を得ることができた。「顧客とのコミュニケーションとブランディング」というマーケティングの本質を、文字通り体現した取り組みと言える。

ブランドアプリは日本で普及するか?

 ただし、ブランドアプリが効果的とはいえ、安易に実施できるプロモーションとは言えない点に注意が必要だ。ブランドアプリの開発には、簡単なものでも数十万円ほど費用がかかる。数あるiPhone向けアプリケーションの中で認知度を上げていくための施策も必要だ。ネスレのように継続性の高いアプリケーションを提供しようとすると、さらに様々な工夫が要る。

 それでも、iPhoneをはじめ、Android、Windows Mobileなどスマートフォン市場への注目が高まっていくなか、高いエンゲージメント効果が期待できるスマートフォン向けのアプリケーション開発は、企業のプロモーション施策として十分検討する価値がありそうだ。

 特に、iPhoneは、今のところ世界標準といえるモバイル端末であり、世界レベルでみるとそのユーザー数は多い。世界に向けて情報を発信したい企業、外国から顧客を呼び込みたい企業などは、「これは」というアプリ開発に挑戦してみてはどうだろう。