巷では、携帯電話やパソコンで農作物を育てる「農園系ゲーム」がはやっている(関連記事)。クリック操作で農地に種をまいてから、数時間~数十時間待てば収穫期になり、これを売却すればお金を稼げる。途中で水不足になったり、虫が付いたり、友人に収穫物を持っていかれたりすることもあるが、多少収穫量が減るぐらいで済む。

 しかし現実の農業はそう簡単ではないようだ。筆者が2010年3月下旬に琵琶湖の湖畔にある滋賀県彦根市の大規模農家「フクハラファーム」を取材した時に、その現実を思い知らされた。

 福原昭一代表は「稲作一つを取っても、土作りから、種まき、苗作り、地ならし、水質管理など、90種類ほどの細かな作業がある。しかも、すべての作業に適切なタイミングがある」。雨が降ったり晴れたりといった天候によっても作業内容は変わり、判断を間違えれば収穫量に影響する。今年は3月下旬になってもなかなか気温が上がらず、田植えの時期が遅れそうだという。ゲームのように簡単ではない。

150ヘクタールの大農家を悩ます人材不足

 「日本では小規模農家が多い」と学校で習った覚えがあるが、フクハラファームは約150ヘクタール、東京ドーム30個分以上に相当する広大な農地で営農している。自前の所有地はわずか約3ヘクタールで、残りは他の農家からの借地だ。後継者不足に悩む周辺農家から土地を引き受けるうちに規模が大きくなった。深刻な後継者不足に悩む日本の農業では、このような「土地利用型経営体」が増えているのだという。

写真1●フクハラファームでは約20人の従業員がそれぞれGPS機能付き携帯電話を持ち作業内容を記録
写真1●フクハラファームでは約20人の従業員がそれぞれGPS機能付き携帯電話を持ち作業内容を記録
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写真2●フクハラファームの麦畑に設置された温度センサー(左上の白い装置)と、生育状況を記録するデジタルカメラ(右下の地中の装置)
写真2●フクハラファームの麦畑に設置された温度センサー(左上の白い装置)と、生育状況を記録するデジタルカメラ(右下の地中の装置)
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 そのフクハラファームも、人手不足に悩んでいる。若年層を積極的に雇用し、約20人の従業員が働くが、定着率は低く、4年以上勤務している人は5人しかいない。

 農地は広大だが、小さな借地の集まりであるため、数十カ所に分散している。自社農地の間に道路や他社の農地、住宅などがあり、個々の土地も入り組んでいる。その分、農作業は煩雑になる。種まきや田植えなどの主な作業は農機を使って機械化されているものの、田んぼによって微妙に地形や水はけなどが違う。同じ作業を10分で終えられる人もいれば、20~30分かかる人もいる。

 「農業を習得するのが大変なのは事実だが、職人肌や勘で教える先輩が多く、それも新人が長続きしない理由だった」(福原代表)。

 フクハラファームは、こうした問題をITの活用で解決しようとしている。約20人の従業員がGPS(全地球測位システム)機能付き携帯電話を常時持ち歩き(写真1)、農場の側にも温度・湿度を測るセンサーや、生育状況などを観察するカメラを設置している(写真2)。