多くの企業で新年度がスタートした。厳しい就職戦線をくぐり抜けたたくましい新入社員を迎えた企業、組織再編や人事異動によりフレッシュな体制で動き出した部署も多いだろう。

 では、今日4月1日に「新しい事業年度」を迎えた企業は、いったいどのくらいあるだろうか。

 国税庁に2007年度に申告があった年1回決算の国内法人262万7161社で見ると、事業年度の開始が4月、つまり3月を決算期としているのは53万76社。企業全体の20.2%、5社に1社の割合である。月別では最も多いものの、思ったほどではない。

 だがこの傾向は、上場企業に限ると、より顕著になる。東京証券取引所に上場している企業は、2010年2月末時点で2310社(マザーズを含む)。そのうち金融・保険業、新規上場会社、変則決算会社を除いた2149社では、3月決算の企業は1613社、実に75%、4社中3社を占める。2番目に多い12月決算の企業が167社(7.8%)だから、10倍もの“一極集中”ぶりである(3番目に多い月が気になる方は記事末尾を参照)。

 そんな東証上場企業の75%を占める3月決算企業に今日から起こる変化、それが会計基準の変更である。

マネジメントアプローチが要求される

 上場企業の財務諸表が従わなければならない日本の会計基準では現在、国際会計基準(IFRS:国際財務報告基準)に近づけるための「コンバージェンス(収れん)」と呼ぶ作業が進んでいる。2009年4月1日から建設事業やシステム開発事業に「工事進行基準」が適用されたのも、その一環である。今日から始まった2010年度(2011年3月決算期)も、IFRSに近づけるために新しい会計基準がいくつか適用された(一部は2010年3月期からの早期適用も可能)。

 中でも、ほぼすべての企業が影響を受けるのが、「セグメント情報の開示」に関する基準(会計基準第17号)である。セグメント情報とは、事業活動の構成単位ごとの利益や資産・負債などの財務情報のこと。従来の財務諸表でも地域別や事業部門別に財務情報を公開している企業は多かったが、新しい会計基準では「マネジメントアプローチ」が要求される。これは、製品系列別や事業所別のように企業が経営の意思決定に用いているのと同じ区分けでも財務情報を開示することを求める規定だ。

 企業会計には社内管理用の「管理会計」と開示用の「財務会計(制度会計)」がある。マネジメントアプローチは、社内で使っている管理会計と同様の情報を、投資家にも公開することを要求するものと言える。ERP(統合基幹業務システム)やBI(ビジネスインテリジェンス)ツールを導入済みで、管理会計のシステムと財務会計のシステムを連携させている企業では、情報の出し方さえ決めれば後の対応は難しくないはずである。しかし、システム化や両者の連携が不十分な企業は、手こずることになるかもしれない。マネジメントアプローチは通期の決算だけでなく、四半期開示でも求められるため、システム対応が不十分だと経理・財務部門の業務負荷が大きく上昇する恐れがある。

 影響を受けるのは一部の企業にとどまるが、相応のインパクトがある基準変更もいくつか実施された。企業結合(M&A:合併・買収)に関する会計基準はその典型だ。例えば、買収価額が純資産価額を下回った場合、つまり割安に相手企業を買収できた場合に発生する「負ののれん」は、これまで負債に計上して20年以内に償却していたが、新基準では特別利益として一括処理することになる。当期利益の押し上げに効果があるため、M&A戦略の意思決定に影響を及ぼすかもしれない。

 また、企業結合に関する会計基準では、ブランドなどの識別可能な無形資産が新たに資産計上を義務付けられた。従来の固定資産だけでなく、無形資産についても資産管理の仕組みが必要になることを意味する。

 資産管理の面では、ほかにも「資産除去債務」に関する基準(会計基準第18号)が適用された。工場・店舗・設備などの有形固定資産を売却・廃棄する場合に、土壌汚染対策法などの法令上や契約上の義務を果たすためにかかる費用について、債務として資産と負債に両建てで計上して、減価償却により費用配分しなければならない。築地市場の移転問題で明らかになったように、工場跡地などの土壌の浄化には相応の費用がかかる。製造業の工場設置や流通業の店舗展開などの戦略に、少なからぬ影響を与えることになるだろう。

 このほか、基準化の最終決定は6月ころに先送りされたものの、「包括利益の表示」も、2011年3月期決算から新たに義務付けられる見通しである。保有している有価証券などの時価評価を、“利益”の一部として財務諸表に表示する格好になる。株式相場の変動で企業の“利益”が揺さぶられるため、持ち合い株の解消など、これまでの経営戦略に見直しを迫るきっかけになりそうだ。

 日本の会計基準は、国際会計基準IFRSに近づけるコンバージェンスが進む一方で、2015年3月期または2016年3月期には、IFRSそのものを全面的に採用する方向(アドプションと呼ぶ)にある。新しい会計基準は4月1日以降に始まる事業年度から適用されることが多いため、今後数年間は4月1日が来るたびに、企業は新しい基準に対応した意思決定方法の見直しや新システムへの切り替えを求められることになる。

 さて最後に、記事冒頭で触れた決算期に関連するビジネストリビアを一つ。東証上場企業で決算期が最も多いのは3月、2番目は12月、では3番目は? そう、ちょっと意外かもしれないが、書き入れ時を終えた流通業の決算が多いあの月である。