クラウドコンピューティングよりもBABOKが重要である。企業情報システムを「作る」という点から考えれば、少なくともBABOKのほうが意味がある。筆者はこう考える。

 今、日経コンピュータが4月27日に開催する「システム開発を成功に近づける『BABOK最新活用』」というセミナーの準備を手伝っている。クラウドに関する記事を毎日のように目にしながら、BABOKに対する理解が深まるにつれ、こう考えるようになった。

業務にかかわるのが企業情報システム

 BABOKとは、Business Analysis Body Of Knowledgeの略であり、「ビーエーボック」と読む。定義は、「業務改革や情報システム構築・刷新プロジェクトの構想・計画段階で主に実施する要求分析のための知識体系」である。「ビジネスアナリスト認定試験で会員3000人を狙う」というITproの記事から引用した。

 どうシステムを開発すべきなのか、何をIT化すればいいのか、何をIT化すべきなのか、こういった作業にBABOKは寄与する。企業の経営とITがいかに結びつくのかを知るうえで有用な概念ともいえる。

 企業情報システムの開発にかかわっている方ならお分かりだろうが、下流工程に問題があって失敗するプロジェクトは少ない。ほとんどの場合は、要件定義と呼ばれる上流工程の段階までに、プロジェクトが失敗する原因が潜んでいる。

 こういったことを考えていて、ある日経コンピュータの座談会記事を思い出した。多くの難航プロジェクトにかかわった経験を持つ専門家を招いて、システム開発がどうしてうまくいかないのかについてまとめたものだ。気になった部分を以下に引用する。座談会の参加者は匿名に変更した。

「O氏 そもそも、最初にどういうシステムを作りたいかを決めていないんですよ。何のためにやるのか、このシステムによってどういう業務を実現したいのかといった基本的なことを決めないまま、プロジェクトをスタートしている。

 漠然とした思いはあるのでしょうが、私からするとプロジェクトを進めるうちに、何か自然に決まると思っているように見えます。ユーザー企業が、意思決定を下せる体制を整えていないケースが多いと言ってもいい。

H氏 プロジェクトに割ける予算もスケジュールも昔に比べて厳しくなっています。本当は昔以上に、何がやりたいのかをはっきりさせなければならないんですが」。

 いかがだろうか。上流工程の重要性が改めて伝わってくる。この座談会は、日経コンピュータで2005年に企画した、「その後の動かないコンピュータ」という特集に掲載したものだ。システム開発がどうして失敗するのか、失敗したプロジェクトをどう立て直すべきか、について正面から取り組んだ企画だが、内容は今も古びていない。

PMBOKと補完しあう

 10年ほど前、筆者が日経コンピュータ編集部の記者として勤務していたころ、プロジェクトマネジメント(PM)、あるいはPMの実行に必要な知識を体系化したPMBOKに対する読者の関心が一気に高まった。大人数が参加し長期間にわたって多額のコストを投資する、システム開発という「プロジェクト」を成功に導くため有効なツールだと認められたからである。

 BABOKはPMBOKでは対処しきれなかったシステム開発の上流の一部、あるいはそのさらに前段の「超上流」と呼ばれる工程に確実に役立つものだ。両者は補完しあう関係にある。

 BABOKやPMBOKがシステムをいかに開発するかに関するのに対して、クラウドはITインフラに関する概念である。企業情報システムを作る際に重要な、どういった業務プロセスをIT化するか、あるいはITによって変えるかといった点について、クラウドを採用したかどうかは関係ない。

 サーバーの処理能力は高まっている。クラウドが存在しなければ開発できない企業情報システムはほとんど存在しなくなっている。「SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)があるのではないか」との問いがあるかもしれないが、何ができるソフトを採用するのかという面から考えれば、SaaSで可能なことは既存のパッケージソフトと変わりがない。

 だから筆者は、システムを開発するという面では、クラウドよりもBABOKが重要だと考える。わざわざこういったことを書こうと思ったのは、まれにではあるがシステムがクラウドに移行すれば、開発にかかわる問題が解決するといった意見を耳にする機会があるからだ。お分かりだろうが、これは間違いである。