日本が史上最多11個のメダルを獲得したバンクーバー・パラリンピックは、2010年3月22日(日本時間)に閉幕した。ちょうどその日、都内でもう一つのパラリンピックが開催された。本家が氷上、雪上の競技であるのに対し、こちらはIT機器をいかに使いこなすかを競うものだ。
その名も「ITパラリンピック」。開催地は東京・秋葉原駅近くにある、首都大学東京のキャンパスである。会場となった会議室には、200人を超える人が詰めかけた(写真1)。
出場するのは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)や筋ジストロフィーといった難病で身体をあまり動かせない人たちだ。キーボードやマウスを使わずに指先だけでパソコンを操り、メールを書き、ブログを更新し、果ては新聞まで発行する。
その様子に、筆者は驚嘆した。今やビジネスでも日常生活でも重要な役目を担うパソコンだが、その存在意義を改めて考えるきっかけになった。しかも視線や脳波を使って操作する技術も開発されており、実際に会場で製品を試用できた。
まずは当日の出場者たちの競技の様子をお伝えしよう。
文字入力を最速の0.4秒で
最初に登場したのは、宇田川道子さんだ。家族とともに参加した(写真2)。ALSを患い手足が不自由で、発声も難しい。わずかに動く右手の親指だけを使って、専用のスイッチを押すことでパソコンを操作する。入力支援ソフトを最速の「0.4秒」の設定で使いこなす達人だ。
メールなどの読み書きはもちろん、音声読み上げソフトを使った「会話」も可能だ。会場では、あらかじめ入力した文章を読み上げてスピーチした。
宇田川さんが使っているのは、日立ケーイーシステムズの「伝の心」だ。入力支援ソフトとハードウエア一体型の製品である。文字入力には、スキャン入力とよばれる方式を採用する。画面には、あいうえお順に文字版を表示。選択枠が、あ行、か行、さ行と順番に移動していき、強調表示する(写真3)。
スイッチを押すと、その時に強調表示されている行を選択する。次に、「あ」「い」「う」と順番に選択枠が動き、文字を一つずつ強調表示する。入力したい文字が強調表示されたらスイッチを押す。このような方式で、1文字ずつ入力していく。
選択枠は0.4秒の間隔で移動する。かなり速いスピードに見えるが宇田川さんは慣れたものだ。ただ当初は手が動かず、足で入力していたのだという。「寝たきりになってから、動かぬ足の特訓を始めた。なかなか動かず泣いたこともあった。これしかないのであきらめなかった」と話す。今ではパソコンは生活に欠かせないものになった。