いよいよ今シーズンのプロ野球が開幕する。記者は南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)を所有していた南海電気鉄道の沿線で生まれ育ったため、長年パ・リーグの試合を観ることが多かった。近年は職業的な関心からもパ・リーグに注目している。IT(情報技術)活用や経営改革、業務改善の事例を紹介する月刊誌『日経情報ストラテジー』の記者にとって、パ・リーグには興味深い取り組みがたくさん存在するからである。

 そこでプロ野球チームにおけるIT活用事例をいくつか紹介したい。実は球団運営会社におけるIT活用も、一般的な事業会社の大半と同様に、SCM(サプライチェーン・マネジメント)とCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)が二大テーマである。

 もちろん球団は製造業ではないから、SCMという表現に関しては少々補足が必要だ。ここでは選手の獲得から二軍での育成、一軍での起用までの流れで“歩留まり”という概念自体を無くす努力を指す。安い費用で獲得した選手が、予想を上回るスピードで一軍に昇格して活躍する――。この育成の流れを、コストをできるだけ抑えながら部品を調達してジャスト・イン・タイムで製造・出荷するといったSCMの理想型になぞらえているのだ。

中田翔選手は「控え」それとも「育成」?

 北海道日本ハムファイターズは、SCMに近い視点で選手をとらえる情報システム「BOS(ベースボール・オペーレーション・システム)」を2005年に構築した。現役のプロと有望アマチュア選手、シーズン中に対戦する相手チーム、故障した選手のリハビリの進ちょく、自チームの査定・契約など、多彩な情報を一元的に管理する仕組みだ。同球団の吉村浩取締役執行役員チーム統括副本部長は以前の取材で、BOSについて「狙いは選手の『見える化』。極論すればSCMを目指した」と話している。

 BOSでは選手を成績や年俸に応じて「主力」「控え」「在庫」「育成」と分類する。開幕一軍入りが決まった中田翔選手はさしずめ、「育成」から「控え」へと一歩前進といったところか。在庫という表現や、期待通りの活躍ができていない選手は画面上で赤字表示されるという機能には冷徹さを感じるが、吉村取締役が目指す見える化は、選手に公平感、納得感をもたらしているようだ。ファイターズではBOS導入後、契約交渉時に選手が球団による自分への評価に納得できず保留するという場面がほとんどない。一方で、毎年リーグ優勝を争いながらも年俸総額は常に下位にある。「安くても強いチーム」作りに成功しているのだ。

 BOSを開発したファイターズにはお手本があった。『マネーボール 奇跡のチームをつくった男』(マイケル・ルイス著、ランダムハウス講談社)に登場する米メジャー・リーグ球団オークランド・アスレチックスだ。同チームは、「セイバーメトリクス」と呼ばれるデータ活用によって、低予算ながら毎年プレーオフに出場できるようになったことで知られている。ファイターズは国内のITベンダー、フューチャーアーキテクトにBOSの構築をアウトソーシングしたが、同じパ・リーグのオリックス・バファローズは2007年、アスレチックスと同じパッケージソフトウェア「スカウト・アドバイザー」を導入している。

 2009年1月には、東北楽天ゴールデンイーグルスもアスレチックスとチーム強化における協力を目的にした提携を結んでいる。米田純球団代表は「アスレチックスには根拠を持ってデータやシステムを利用しようという考えがあり、我々と考え方が非常に似ていた」と語る。日本の球団の売り上げは大半が100億円前後といわれているが、球団ごとの選手年俸総額は十数億円から50億円近くに上っている(『週刊ベースボール』調べ)。高い勝率と低い人件費の両立は球団にとって最大の経営課題といえる。