ここ一年、アジャイル開発の取材がぐっと増えた。アジャイル開発が日本に上陸して10年、記者が追うようになって8年。今ようやく、地に足がついた形で盛り上がってきたと実感している。

 そう思う理由の一つは、取材先が多様になってきたことだ。最近は、一般企業や自治体で働くCIO(最高情報責任者)やシステム部長、大手ベンダーの幹部、経済産業省の外郭団体である情報処理推進機構(IPA)などがアジャイル開発を“熱く”語り始めた。

 開発プロジェクトにも広がりが出た。数年がかりでの基幹系システム刷新、SOA(サービス指向アーキテクチャ)にのっとったシステム開発、クラウド上でのSaaS型サービスの開発、ケータイ向けのソーシャルゲームの開発などでもアジャイルが利用されている。

 記者がアジャイル開発を追い始めたころ、取材先はたいてい小規模のベンダーか技術に長けたリーダーだった。開発対象も情報系システムばかりで、しかも「トライアル」というケースが多かった。まだアジャイル開発がスタートしたばかりの時期だったから当然といえば当然だが、この傾向は5~6年間変わらなかった。それを思えば、今の状況には隔世の感がある。

我々が求めていたのは「走りながら仕様を固めていく」というスタイル

 アジャイル開発に対する潮目はなぜ変わったのか。この理由を取材先の発言から探ってみる。

 あるCIOは、アジャイル開発を選んだ理由についてこう話す。「ビジネスが変わり、どうしても業務を完全に固められない事情があった。『走りながら仕様を固めていく』というアジャイル開発のスタイルが、まさに我々が求めていたものと合致した」。

 アジャイル開発は、仕様が変わりやすいときに強みを発揮する。アジャイル開発では、「イテレーション」と呼ぶ2週間から1カ月の短い期間で、ユーザーがレビューできるレベルのシステムを開発する。イテレーションを繰り返すことでシステム全体を完成させていくが、イテレーションごとに仕様を変更したり追加したりしやすい。

 経営層を納得させやすかったことも採用の大きな後押しとなったと先のCIOは言う。「経営陣には『システム開発はわかりにくく、金がかかり、期間が延びる』というイメージが根強い。月1回の経営報告会で実際に動作する形のシステムを見せることで、進捗を見える化できたし、システムへのフィードバックももらえた」。

 あるベンダーの幹部は「IT投資の冷え込みがアジャイルにもう一度目を向けさせた」と別の見方をする。「重要な部分から開発し、イテレーションごとにきちんと動作するシステムをリリースできる。たとえ途中で投資が打ち切られたとしても、それまでの成果が無駄にならない」。

 一般に「アジャイル開発は安く作れる手法」とみられているが、この点を記者が質問したところ、「それは誤解」とベンダー幹部は明確に否定した。「金額と納期を固定してプロジェクトを進め、それを最後まで守り続ける。ウォーターフォール型開発では遅延と追加費用の発生が常態化しているため、アジャイル型が安く見えるだけではないか」という。

 アジャイル開発では要件が追加されれば、重要度の低い要件を開発対象から外して納期と金額を守るように調整する。また、エンジニアにはイテレーションですばやく開発する技術力と、顧客やチームと折衝できるコミュニケーション能力が求められる。エンジニアの単価は決して安くないだろう。

 「仕様変更に強い」「重要な部分から小刻みに開発する」という特徴は10年前から変わらない。潮目が変わったのは、むしろ時代のニーズがアジャイル開発に接近してきたからとみるべきだろう。

 もちろん、アジャイル開発そのものも進化し続けている。アジャイル開発ではコミュニティ活動が盛んだが、昨年からは、技術者だけでなく管理者層をも巻き込むようなイベントを開催し始めた。

 大規模開発でのノウハウの蓄積も進んでいる。この4月には、日立システムアンドサービスが日本のベンダーとしては初めて、大規模アジャイル開発に向けた体制を整える。