先日、米MicrosoftのCEO(最高経営責任者)であるSteve Ballmer氏がワシントン大学で講演をした。ITproでもニュースとして速報したので、すでに知っている読者も多いだろう(関連記事)。この講演でBallmer氏は、マイクロソフトが全社を挙げてクラウド・コンピューティングに取り組むことを宣言した。筆者は、インターネット中継でこの講演を見ていて、Microsoft創業者のBill Gates氏がインターネットへ全力で取り組むことをを宣言した14年前の情景を思い出した。

 シアトルに集まったプレスやアナリストを前に、Bill Gates氏が全社を挙げてインターネットに舵を切ることを宣言したのは1995年末のこと。当時、MosaicやNetscape NavigatorなどのWebブラウザや、それに関連するインターネット技術が急速に発展して、次世代のITとして注目を集めていた。この急伸するインターネット技術に対して、Microsoftの対応は出遅れており、低機能なInternet Explorer 1.0をWindows 95の追加ソフトとして提供しているに過ぎなかった。

 だが、インターネットの可能性を感じた当時トップのGates氏は、Microsoft社内向けに「Internet Tidal Wave(インターネットの大いなる高まり)」という文書を発表するのと同時に、プレスやアナリストを集めてMicrosoftの全製品でインターネットに積極的に対応していくという方針転換を高らかに宣言した。幸運にもこの会見を現地で取材していた筆者は、ITの歴史が動こうとしている現場に居合わせたことに軽い興奮を覚えた記憶がある。

 その後のMicrosoftはInternet Explorerの開発を急速に進めて、みるみるうちに洗練したWebブラウザに成長させると同時に、全Windowsに標準搭載するなど、それまでとは見違えるほど積極的にインターネット技術を製品に取り込んでいった。Webサーバーをはじめデータベースやグループウエアといったサーバー製品についても、すべてインターネットを前提に機能拡張されていった。

 こうして、Gates氏のかけ声のもと、全社で一丸となって対応を進めていったMicrosoftは、インターネットという新しい波に飲み込まれることなく、むしろエンタープライズ分野全体での存在感を増していくことになった。1995年当時には、インターネット分野のライバルとされていたNetscape Communications社が、1998年にAOLに買収されて影響力を失ったのとは対照的に、Microsoftはインターネットの時代になっても先頭グループを走り続けることができたのだ。

 その後のセキュリティ問題への対応でも、Microsoftでは同様の動きが見られた。Code RedやNimdaといった新しい攻撃手法のワームが登場したことで、2000年以降はインターネットにおける脅威が急速に注目されてきた。これに対し、Gates氏は2002年1月に「Trustworthy Computing」というビジョンを宣言。Microsoftの全製品について新機能の開発をストップし、セキュリティを向上させることにのみ専念するよう社内に通達したのだ。このときも、Gates氏のかけ声のもと、それまでと違いMicrosoft全社でセキュリティ強化に取り組む姿に筆者は驚かされた思いがある。

 そして、今回のBallmer氏の講演でも、筆者はそれらのときと同じような印象を持った。クラウド・コンピューティングという新たな波に対して、Microsoftは全社を挙げて対応していくとトップが社内外に宣言したととらえていいだろう。

 ただし、当時とは違う点がいくつかある。中でも決定的に違うのは、当時経営トップだったGates氏が、2008年6月にMicrosoftの経営の第一線から退いている点だ。良かれ悪しかれ、インターネットやセキュリティへの対応では、Gates氏の鶴の一声でMicrosoft全社が同じ方向に動いたことは間違いない。もちろんBallmer氏も、Microsoftには初期から参加しており経営手腕には定評があるものの、ことカリスマ性という意味では創業者であるGates氏に一歩譲るであろう。一方、Microsoftの企業規模は以前よりも拡大しており、その運転は以前より難しくなっているはずだ。

 Microsoftが、インターネットの黎明期と同様に、クラウドという次の波に主役として乗っていけるのか。Gates氏が去った新生Microsoftとしての真価が、いよいよ試されることになるだろう。