今までの情報システムはすべて、右肩上がりを前提に設計していた。売り上げは必ずアップする。取り扱う商品も増えるし、顧客も増える。だからシステムのキャパシティーも余裕を持って・・・。ところが、リーマン・ショック後の世界同時スランプで、みんな、はたと気が付いた。「この前提はもはや成り立たないのでは」。ある意味、この認識が企業のクラウドコンピューティング活用の出発点だ。

 以前、こんな事態に立ち至るはるか前、「ビジネスが右肩下がりになることを考慮しないシステムは問題だ」と喝破したCIOがいた。当時、問題意識の希薄な私は「この人、何を言っているんだろ」としか思わなかったが、今思えば凄い卓見だった。企業のビジネスは当然、良い時もあれば、悪い時もある。伸び盛りの事業もあれば、撤退間近の事業もある。それなのにシステムは右肩上がりが前提。もっとビジネスの変化に合わせた柔軟なものにできないのかというのが、そのCIOの発想だった。

 そうは言っても、その当時は、そんなの無理。コンピュータを買い、システムを構築したら、ビジネス上の見込みが外れても、不況で業績が低迷しても、固定費と化した無駄なコストを費やし続けるしかない。それに以前なら、経営もこうした“ITのムダ”に対して、とやかく言わなかった。コンピュータのリソースを余りに余らせたところで、お咎め無し。そして景気が良くなり、ビジネスが軌道に乗ってくれば、新たなシステム案件が生まれ、右上がりを前提にしたシステムがまた作られる。

 さて、そこにクラウドコンピューティングへのパラダイムシフトと世界同時不況が同時にやってきた。もはや経営者は無駄なITコストを許さないし、そうした要求に応えられるインフラも登場した。2008年11月28日のエントリーでこんな話を書いた。「これからIT分野で起こることは、クラウドコンピューティングというパラダイムシフトと、「100年に一度」という全世界同時不況との“掛け算の産物”だ。所有から利用へという方向性は明確だが、実際にどのタイミングで何が起こるか、正確な予測は誰にも不可能である」

 そして今、その掛け算の産物がどのようなものになるか、その姿がおぼろげながら見えてきた。まさに、右上がりにも右下がりにも対応できるシステム、伸びることも縮むこともできるシステムだ。つまり、ITインフラにクラウドを組み込むことになる。内製のシステムもクラウド化して、リソースを最大限活用し、右上がりの時には外部のクラウドを最大限活用し、右下がりになった時は外部クラウドの活用を減らす。

 まあ、単純な結論であり、今や多くのITベンダーが全力を挙げてマーケティングしているような話で恐縮だが、まさにニーズもシーズもその方向へと収束しつつある。ユーザー企業から言えば、ITコストの変動費化である。一方、ITベンダーから言えば、特にクラウド事業を営むベンダーにとっては、単に低コストのサービスを提供するだけでは済まず、需要の変動というリスクを背負い込む必要が出てくる。

 だから、ITベンダーのクラウド事業戦略は、このリスクをどうヘッジするかがポイントになる。今見えているリスクヘッジの方法は、ユーザー企業からフルアウトソーシングを請け負って、その企業のメインのシステムをクラウド化して囲い込んでおくIBM型か、多数のユーザー企業からクラウドニーズを広く集め、統計多重効果を引き出すグーグル/アマゾン型かのいずれかだ。どちらにしろ、そうしておけばシステムが縮む時でも、減収を最小限に抑えることができる。

 日本のITベンダーのクラウド事業戦略やリスクヘッジ法を分析し出すと長くなるので、別のエントリーに改めて書くことにするが、このリスクヘッジをどうするのかがクラウド事業のビジネスモデルを作る時、最も重要な要素となるだろう。リスクの高い部分、つまりパブリッククラウドの領域は、先行他社とタメ張る必要はなく他社のリソースを活用すればよい、そう割り切る戦略も当然アリだろう。