海外出張では,いろいろな発見がある。取材の上での新情報はもちろんだが,価値観の違いも実感する。日本にいて,普段,常識と思っていることが通用しない。何をいまさら,と言われそうだがあえて書いてみたい。

 私が担当しているモバイルの分野では,「モバイル・マネー」がここ数年,話題になっている。簡単に言えば「携帯電話で送金する」ということなのだが,正直なところ最初はよく理解できなかった。日本にいれば,全国に銀行や郵便局のネットワークが張り巡らされている。特に都会に住んでいれば,最寄駅の近くに複数の銀行が顔をそろえている。モバイル経由の送金は,あれば便利だが,銀行より高い送金手数料がかかるので,自分自身は緊急時に使っているにすぎない。

 しかし,銀行のネットワークが未整備の国では,モバイル・マネーがまさに“生命線”になる,という話を1月に米国ラスベガスで開催された「2010 International CES」で聞いた。このところ新興国市場に力を入れているノキアによれば,新興国では銀行ネットワークが未整備なので,家族に送金する手段として銀行が使えない。自宅に現金を置いておくのは,非常に危険。だから携帯電話による送金がベストなのだという。

 新興国の調査をしているノキア社員からは「東京やサンフランシスコが,必ずしも最先端ではないのではないか」という問い掛けも聞いた。私自身,いずれ多くの国の進化の先に,日本でのモバイルの利用環境があるのだろうと信じていたが,新興国には別の進化のシナリオがあるようにも思っている。

 高い志で世界を動かしている人もいる。先月中旬にスペインのバルセロナで開催された世界最大のモバイルの祭典「Mobile World Congress(WMC)2010」に登場した,ヨルダンのラーニア・アル=アブドゥッラー王妃もその一人。多くの聴衆が魅せられた。

 同王妃は,サッカーのFIFAワールドカップ開催年に合わせ,「1GOAL」というキャンペーンを立ち上げ,共同議長を務めている。同キャンペーンでは“Education for All”を掲げ,世界中で7200万人とも言われる,教育機会に恵まれない子どもたちを支援する。

 王妃は,MWC主催者の支援を取り付け,MWC2010の来場者に同キャンペーン・サイトへの登録と告知を呼びかけた。王妃のスピーチによると,「教育を受けていない子どもたちが教育を受けるのに必要とするのと同じ額が,モバイル・ギャンブルに費やされている」という。王妃はルックスも素敵だが,志と行動力も素敵である。

 イスラエルの国を挙げての取り組みにも見習うところが多い。MWC2010で私が取材したのは,モシェ・カーロン通信大臣。見習うべきと感じたのは若い世代を支援しようという意欲と行動力,そして結果である。大臣によると,「小国が世界に出て行くのは当たり前。政府を挙げてベンチャー企業の海外進出を後押ししている」のだという。外貨の獲得や国内での雇用の創出など,言われてみれば当たり前のことを目標に掲げ,愚直に実践している。

 日本人にも次世代のことを考えている人たちが少なからずいる。最近Androidの取材でお会いしたシアトル在住のプログラマー,増井雄一郎氏の一言が印象に残っている。いわく「個々の市場は小さくても,誰かが便利になるアプリがたくさんあれば,皆が幸せになれる」(同氏のインタビューは,日経コミュニケーション3月1日号の特集「迫るAndroidビッグバン」に収録)。趣味嗜好が多様化する時代のソフトウエア開発の在り方を適切に表現したものと感じた。