2010年3月1日、冬季五輪バンクーバー大会が幕を閉じた。日本は銀メダルが3個と銅メダルが2個という結果であった。メダルの数はさておき、4年に一度の五輪は、やはり盛り上がるし、そのたびに4年間という年月の重さを感じる。4年間努力を積み重ねると、人はこんなに成長できるのかと。スポーツの世界では、サッカーのFIFAワールドカップなども4年に一度の開催だ。4年間という年月は、人の成長の成果を示す一つの区切りなのかもしれない。

 バンクーバー五輪を見ながら、IT業界のあるプロジェクトのことを思い浮かべた。東京証券取引所が挑んだ、次世代株式売買システム「arrowhead」の構築プロジェクトである。東証は4年がかりで売買システムの全面再構築に臨み、この1月に見事に成功させた。バンクーバー五輪では、日本勢は惜しくも金メダルは取れなかったが、東証のこのプロジェクトをオリンピックに例えれば間違いなく金メダルであろう。

トップが主導、難プロジェクトに挑む

 今回は金メダルだったが、4年前はメダルどころか、東証ではシステムトラブルが続いていた。証券取引所はシステム装置産業である。にもかかわらずトラブルが続いたことで、東証の存在価値そのものが問われることとなった。

 「このままでは、世界の取引所との国際競争を勝ち抜けない」と西室泰三社長(現会長)は危機感を抱いた。そして西室氏のリーダーシップの下、売買システムの全面再構築に臨む覚悟を決めた。

 トラブル直後の2006年2月には、NTTデータグループから鈴木義伯氏をCIO(最高情報責任者)として招いた。西室社長と鈴木CIOが中心となって、業務改革とシステムの全面再構築に乗り出した。

 東証は真っ先に、自社の顧客である取引参加者の声を聞いた。その結果、多くの取引参加者は複雑な機能より、注文処理スピードの向上を望んでいることが改めて分かった。そのニーズに応えるため、新システムの構築では「先例のない新しいアーキテクチャの採用を決めた」と西室氏は振り返る。

 新しいアーキテクチャとは、売買取引にかかわるすべてのデータ処理を、大型サーバーのメモリー上で完結させるものである。ディスクへのアクセスをなくすことで、注文処理にかかる時間を数百分の1に短縮することを目指した。

発注者としての責任を果たした

 新システムの構築は富士通に発注した。ベンダー選定にあたっては、RFP(提案依頼書)を自分たちで作ることにこだわった。東証は発注者として、「こういうものを作ってもらいたい」という要望を明確にするように努めた。

 プロジェクトが始まってからも、東証は発注者としての責任を果たすことに注力した。例えば要件定義書と設計書・仕様書については、合計4000ページに及ぶ成果物を自分たちで作成した。それらの成果物のとおりにシステムが完成しているかを確認するため、要件定義の段階から受け入れテストの準備にも取り掛かった。

 失敗は許されない――。東証のIT部門と富士通の技術者は、こうしたプレッシャーを毎日感じながら、一歩ずつプロジェクトを進めていった。苦労はしたものの、東証は結果的に新システム「arrowhead」を計画通りの予算と納期で完成させた。品質面の目標もクリアしている。1月4日の稼働からほぼ2カ月が過ぎたが、arrowheadには大きなトラブルは起こっていない。

4年間の進化の過程を振り返る

 肝心の性能面でも、期待以上の成果を出した。arrowheadが注文応答に要する時間は1000分の2秒。これは旧システムの1000分の1以下、開発着手時点の目標値の5分の1である。東証は、取引参加者の期待に応え、世界最高速レベルのシステムの開発に成功したわけだ。4年前のことを思い浮かべると、これは快挙である。

 この4年間で、東証のIT部門はどう進化したのか。どうして進化できたのか。こうした疑問を解き明かすため、東証のCIO(最高情報責任者)、開発現場の責任者やリーダー、開発を担当した富士通の技術責任者に、4年間の取り組みを披露してもらうセミナーを企画した。

 ITガバナンスの強化、要件定義の精度向上、システムの品質向上、トラブル防止、プロジェクトマネジメントの強化を目指すユーザー企業のシステム担当者にとって、東証の取り組みから学べることは少なくないはずだ。IT企業の技術者にとっても、次世代のデータ処理方式、あるいはシステム開発の理想的な姿について考える材料を得ることができる。

 セミナー当日は、CIOなどに成功の秘訣を聞くパネルディスカッションも予定している。ぜひ参加いただければ幸いである。