1月下旬、大手企業20社あまりが集まる情報通信の勉強会に招かれて講演した。皆さん面白そうに聞いてくれ、講演後の懇親会も大盛り上がりだった。参加した人の何人かと後日訪問する約束をした。最初に訪問したのは講演のちょうど1週間後、あるメーカーだ。勉強会に出席した若い方と、その上司(Yさん)が出て来られた。

 名刺交換のあと、Yさんが切り出した話に驚いた。「松田さんのコラムは日経バイト連載の頃から現在まで、ずっと読んでいます。社内で発言していることが、自分で考えて話しているのか松田さんの考えを話しているのか分からなくなるくらい、参考になっています」。日経バイト誌にこのコラムを連載し始めたのは2002年7月で、4年前に日経バイトが休刊になってからはITproに書かせてもらっている。Yさんは8年近く読んでくれていることになる。かなり世辞が入っているだろうが、役立てていただいていることが嬉しい。

 さて、今回はAppleが2月に発表したiPadに触発されて考えた「eペーパー」という言葉と、それを扱うネットワークの在り方について述べたい。

「紙を減らすこと」は当たり前になった

 2009年6月に「今こそ、ペーパーレス」というテーマでこのコラムを書いた。ストックするドキュメントのペーパーレス化だけでは、ドキュメントを利用するたびにプリントされるのでフロー(使い捨て)としての紙が増える。軽量ノートパソコンと資料参照用のセカンド・ディスプレイを使うと、参照用ドキュメントのプリントが不要になりフローのペーパーレス化もできる、という趣旨だった。「ペーパーレス」という言葉どおり紙を減らすことだけに焦点があたっていることに自分でも違和感があった。

 その思いを決定的にしたのがAppleのiPadの登場だ。幅19センチ、高さ24センチ、厚さ1.3センチ、重さ680グラムのタブレット・コンピュータだ。電子書籍の閲覧もできれば、ほぼフルサイズのソフト・キーボードや外付けのキーボードが用意されており、文書作成やメールも楽にできそうだ。Amazonの電子ブックリーダー「Kindle」が登場したときには、「本はページを開いたときのインクの香り、装丁のしゃれたデザイン、紙の感触、重み、といったものも楽しみの一部であって、そっけないデザインの電子ブックリーダーなんぞ使うものか」と思ったものだ。

 だが、iPadのスペックやスティーブ・ジョブス氏のプレゼンテーション・ビデオを見ると「これは使ってみたい」と思った。デザインがスマートだし、単なる電子書籍リーダーではなくノートパソコン代わりにもなりそうだからだ。考えてみれば紙でできた本は文芸書でも1500円、2000円は当たり前で、専門書はもっと高価だ。著述、編集、装丁、紙、印刷、製本、物流などのコストがかかるのだから当然だ。電子書籍は装丁、紙、印刷、製本、物流のコストがほとんどゼロになる。おそらくコストは紙の本の半分にもならないだろう。紙の本は場所も取る。寝る前に本を読む習慣がある筆者の枕もとには今も10冊あまりの本がある。書棚は2本で十数段しかないので、収まらなくなった本はブックオフにでも送るしかない。もったいないことだ。

 iPadで本が読めれば、価格は安い、場所は取らない、軽い、明るい画面で字を大きくできるので中高年にも読みやすい。ある編集者が私に「紙の本はぜいたく品になる」と言ったことがある。確かに電子書籍が一般的になれば紙を使った本は実用品というより嗜好品になるだろう。

 そう言えば、最近、電車の中でiPhoneを使って新聞を読む人をよく見かけるようになった。ネットだと無料で読める新聞があるのだ。5年もすれば書籍も、新聞も、雑誌も、ディスプレイで読むのがふつうになるだろう。ライフスタイルが大きく変わる。ワークスタイルも当然変わるべきだ。

eペーパーに適する「ベストエフォート」

 ワークスタイルを変える手始めに、「ペーパーレス」という言葉をやめるべきだ。文字や図などの情報を紙に書いたりプリントするのが普通だった時代は、コスト削減のために「紙を減らす」ことに意味があった。しかし、これからは紙がないのが当たり前になるのだから電子化された情報をいかに効果的に活用するかを意識した言葉がふさわしい。「eペーパー」はその候補だ。ディスプレイに表示されたドキュメントもストレージに保存されたものもすべてeペーパーだ。

 eペーパーの話をお客様(冒頭のYさんではない)のところでしたことがある。ネットワーク担当の方が分厚いシステム手帳と15センチ幅のキングファイルを持って打ち合わせに出て来たのでiPadを使ったeペーパー化の話をした。IT部門ではまだまだキングファイル文化が残っている。これをeペーパー化すれば紙やスペースの費用が削減できるだけでなく、紙では困難な情報の探索が簡単にできるようになるし、プロジェクト・メンバー間で情報共有するのもたやすくなり、生産性が向上する。 第一、15センチのキングファイルよりiPadの方が軽くて薄くて快適だ。社内でeペーパー化しても社外の顧客などと打ち合わせをする際には配布資料をプリントすることが多い。しかし、相手が2、3人程度ならiPadの画面でプレゼンできる。筆者のオフィスではセカンド・ディスプレイを資料参照用に使っているが、iPadをドキュメント・ビュアーとして使うと社外利用もできてさらに便利になるだろう。