「見える化」という言葉は、いまだに多くのITプロフェッショナルを引きつけているようだ。ITpro読者を対象に2009年末に「2010年に注目したいキーワード」を尋ねたところ、マネジメント/情報システム部門でクラウドやIFRS(国際会計基準)に続いて、4位に入った(関連記事)。2008年に「2009年に注目したいキーワード」を尋ねたときは3位に付けていた。ここ数年、安定して上位を保っていることが分かる。

 試しに、2009年にITproが発信した記事の中で「見える化」という言葉が入ったものがどれだけあったのかを調べてみた。何と130本を超えていた。北海道日本ハムファイターズの大社啓二オーナーは「ファンを『見える化』するために、これからの5年間で様々な仕組みを築いていかなければいけません」と語り(関連記事)、日経コンピュータの経営者に対する調査では、景気回復局面でのITに対する期待として「見える化」が最も高いという結果が出た(関連記事)。今年に入ってからも、新日本空調が「現場の見える化システム」を稼働させる(関連記事)など、着実に事例は増えているようだ。

 見える化は永遠の課題とも言える。方法論やテクニックはそれこそ星の数ほど存在するが、絶対的な解は存在しない。それぞれの人やチーム、会社に合う最適解を見つけ出していくしかない。以下では、筆者が知って面白いと感じた手法を二つ紹介したい。

自分たちの成果物を商品に見立てる

 一つ目は「プロダクトボックス」と呼ぶものだ。モノやサービス、情報システムなどを開発するプロジェクトチームが、要求分析の段階で行う。開発の対象を、小売店で販売している商品に見立てて、その商品の外箱(パッケージ)をデザインしてみるのである。

 対象は「販売管理システム」や「問い合わせ対応サービス」など、実際に商品として売るものでなくてかまわない。それらを外箱付きのパッケージ商品として店で販売するとしたら、外箱の表側と裏側をどのようなデザインにするかを考え、実際に箱を作ってみるのである。

 通常は外箱の表側には商品名やロゴ、キャッチコピーなどを、裏側には主要な機能や効果、対象ユーザー、注意書きなどを入れるだろう。店で商品として売る以上は当然、その商品が手に取った人に魅力的に映り、「ぜひ買いたい」と思わせるデザインでなくてはいけない。

 自分たちがこれから開発しようとしているものに、どんなキャッチコピーを付ければいいだろうか。何が売り物になるだろうか。アピールする機能やサービスは何か---こうしたことをメンバー同士で話し合いながら、クレヨンやマーカーを使って実際に空き箱をデザインしていく。そこまでの準備ができない場合は、ホワイトボードに箱の表と裏のデザインを書いていくのでもよいという。

 ポイントは、プロジェクトに参加するステークホルダーがそれぞれチームに分かれて、箱を作ることにある。例えば、製造部門、システム部門、営業部門がかかわっているのであれば、それぞれの部門ごとにチームを作ってそれぞれ箱を作る。各部門の混成チームにはしない。

 この手法を教えてくれたのは、米ebgコンサルティングで社長を務めるエレン・ゴッテスディーナー氏である。同氏は要求開発やビジネスアナリシスのコンサルティングや指導をしており、プロダクトボックスは実際に使っている手法の一つだ。

 ゴッテスディーナー氏は「プロダクトボックスの最大の目的は、ステークホルダー(利害関係者)間のコンフリクト(あつれき)をできるだけ早期に表面化させることにある」と話す。複数の部門や会社が参加するプロジェクトで、ステークホルダー同士の思惑の違いを調整しないまま作業を進めてしまい、後になって違いが表面化してプロジェクトがうまくいかなくなる、というケースは珍しくない。

 プロダクトボックスではステークホルダーごとに箱を作り、それをチーム全員の前で見せるとともに、なぜそのようなデザインにしたかを説明する。その上で、互いの箱を見比べて、どこが同じか、どこが違うかを確認し、それをきっかけに議論を深めていく。ステークホルダーの考え方や思いを「外箱」という形で見える化するというのは、なかなかユニークなアイデアだと感じた。

目指すは世界制覇!

 もう一つは「野望カレンダー」である。こちらはシンプルそのもの。チーム全員が見えるところに「野望」を書いて張り出しておく。ちんまりと作るのではなく、できれば大きな紙に大きな字で書いておきたい。

 野望である以上、簡単に達成できるものであってはならない。ノリとしては「目指すは世界制覇!」といったものだ。

 野望がただ掲げられていても、あまり面白くない。野望カレンダーでは、少しずつ野望に近付いていることを見えるようにする。例えば、野望の達成に近づく出来事が起こると、そのたびにシールを一つずつ張っていくといった具合だ。

 このやり方は、チェンジビジョン社長と永和システムマネジメント副社長を務める平鍋健児氏が紹介していたものだ。同氏はアジャイル開発やファシリテーションの分野を中心に活躍している。

 実際に、ソフトウエア製品の開発現場で野望カレンダーを使っているという。野望は本当に「世界制覇」で、その製品が売れた国が増えるたびに、シールを張っているそうだ。

 開発現場では野望カレンダーに加えて、改善要望の一覧、月ごとのロードマップ、1日ごとにやるべきことを示したタスクかんばんなど、様々な見える化した結果を張り出している。野望カレンダーはそれらの左上に張っている。

 野望カレンダーがいいのは、自分たちの活動が大きくどこを目指しているのかを常に確認できる点にある。しかもシールを張っていくことで、少しずつでも野望に近付いていることが実感できる。野望カレンダーだけでも効果はありそうだが、日々のタスク、毎月のロードマップなどとともに見えるようにして、いろんな角度から自分たちの活動をとらえられるようにすることで、より効果を上げている。

 プロダクトボックスと野望カレンダーはどちらもまじめな手法であると同時に、どこか遊び心を感じる。これだけやればよいというものでは当然ないにしても、うまく使えば周囲を巻き込むことができ、円滑なプロジェクト運営につながりそうだ。

 知られざる「見える化」の手法やテクニックは、ほかにもいっぱいあるに違いない。これはオススメ、というものがあれば、ITproでも積極的に取り上げていくので、ぜひお知らせいただきたい。