厚生労働省は2009年11月26日、医療の世界におけるIT利用に大きな影響を及ぼす改正省令を施行した。この改正省令は、医療機関が報酬を受け取るために提出する診療報酬明細書(レセプト)を審査支払機関にオンラインで送信する、いわゆる「レセプトオンライン」の推進を大幅に遅らせる内容になっている。

 改正点は大きく三つある。第一は、レセプトのデータをインターネットや専用回線を利用して提出する「オンライン請求」に加えて、データをCDやフロッピディスクに格納して提出する「電子媒体請求」も認めたこと。つまり、レセプトのデータを電子化しておくなら、オンライン送信しなくてもよくなった。

 第二に、オンライン請求ならびに電子媒体請求に切り替える期限が最大2014年度末まで猶予された。猶予が認められるのは、レセプトのデータの電子化に対応していないレセプト作成用コンピュータ(レセコン)を導入しており、現時点でリースあるいは減価償却期間中の医療機関だ。改正前の省令は、医療機関の規模に応じて段階的にオンライン請求への移行を進め、2010年度末までに原則としてオンライン請求に統一する方針だった。

 「レセプトのデータの電子化に対応していないレセコン」とは、レセプトデータを紙に出力する機能しか備えていないレセコンのことだ。電子レセプトのデータの実体は、厚労省が定めたマスターに準拠したCSVファイルである。例えば傷病名マスターは7けた、医薬品マスターは9けたの数字を付番している。レセコンで使用するマスターが独自のものだと、厚労省のマスターに変換できるようにしたり、CSVファイルとして出力できるように機能改修したりする必要がある。独自のマスターと厚労省のマスターをひも付ける作業には医師らの専門知識が必要になり、手間と時間がかかる。

 最近の大手メーカーのレセコンは元々、厚労省のマスターに準拠しており、CSVファイル出力機能も備えているのが当たり前のようだ。最大2014年度末まで、という条件に該当するのは、古いレセコンのリースを更新し続けている医療機関となる。

 第三に、現在手書きのレセプトを提出している医療機関は、今後も紙レセプトによる請求を続けてよいことになった。オンライン請求、電子媒体請求については「移行するよう努める」としており、努力義務にとどめる。さらに、常勤の医師、歯科医師、薬剤師がすべて65歳以上の医療機関もオンライン請求、電子媒体による請求が免除された。

 以上の三点を見る限り、レセプトの電子化という看板はかろうじて残したものの、100%のオンライン移行は骨抜きになった、と言われても仕方がない内容になっている。

 省令の改正と足並みをそろえるかのように、事業仕分けで世間の注目を集めた行政刷新会議ワーキンググループは、厚労省が「レセプトオンライン導入のための機器の整備等の補助」名目で計上していた215億1800万円について、来年度予算の計上を見送った。

 見送りの理由は、「緊急性のある事業ではない」「補助率の根拠が不明」というもの。この予算は、オンライン請求に対応するためのハードウエアやソフトウエアを導入する医療機関に対し、費用の半額を補助するためのものだった。レセプトオンラインへの移行はここでも後退したことになる。

 一連の流れには、言うまでもなく政権交代が大きく関与している。民主党は「民主党政策集 INDEX 2009」の中で、レセプトオンラインを「完全義務化」から「原則化」に改める、と明記していた。

 前政権は「オンライン請求できない医療機関には診療報酬を支払わない」という姿勢を見せていた。こうした方針には根強い反発があり、医師、歯科医師らを中心とした原告団が「営業の自由の侵害にあたる」として義務化撤回を求める訴訟を起こしていたほどだ。

 社会保険診療報酬支払基金の公表データによれば、オンライン請求の普及率(施設数)は10月31日時点で400床以上の病院で96.9%、400床未満の病院で82.6%、薬局は89.2%だ。しかし医科診療所で15.2%、歯科は0.0%と、普及率には大きな開きがある。

 ここまでの動向をみて「医療の世界のIT利用が遅れる」と思われる方が多いだろう。しかし今回の省令改正は、むしろ歓迎すべきことだと記者は考えている。その理由をこれから説明したい。