「愛する妻が死にました---。だから私は旅に出ます」。ピクサー・アニメーション・スタジオが制作したディズニー映画「カールじいさんの空飛ぶ家」がまもなく公開される。この新聞広告にスタジオジブリの宮崎駿監督は、次のような感想を寄せている。「実はボクは、追憶のシーンだけで満足してしまいました。追憶と同時に『古い夢』と『新しい夢』を描いていくこと。それが面白かったですね」。筆者はこれを読んで、VMwareなどのベンダー各社が見せてくれる「仮想化の世界」を思わず連想した。

初期の仮想化の目的はコストダウン

 筆者がハードウエアの仮想化を初体験したのは、現在では一般的なデマンド・ページング方式の仮想記憶である。1970年代後半に母校にあった富士通の汎用コンピュータFACOM 230-38でのこと。OSII/VSというIBM対抗のオペレーティング・システムがわずか192Kワード(16ビット/ワード)しかないコア・メモリーと磁気ディスク装置を使って、複数のジョブを並行実行していた。

写真●FACOM 230-38のシステム・コンソール

 ジョブ本数が増えると、すぐにページ・スワップのスラッシングが起こって、のろのろ運転になる。それでそっとシステム・コンソールのところへ行っては、素早く自分のジョブの優先順位を上げたり、他人のジョブを一時中断させたりするといったズルをしたものだ(写真)。他のジョブを全部停止させると、自分のジョブが一瞬で終了するのが実に爽快であった。

 当時、主記憶素子は非常に高価で、半導体メモリーにいたってはオプション扱いだった。それでビット単価の安い磁気ディスクを併用してコストダウンするために、仮想化技術が使われた。その後、コンピュータ・システムはネットワークも含めてあらゆる部分が仮想化されていった。

 多くの場合、その目的は運用管理の柔軟性あるいはRAS(信頼性、可用性、保守性)の大幅な向上にあった。例えば、IBMが早期に開発した仮想化OSのVM/CMSは、現在でいえばサーバー上の仮想PC環境をシン・クライアント端末から利用するのと似た発想のシステムであり、ミニコンやUNIXが普及するまでは研究機関などで重宝された。最近の仮想化ソフト製品では、障害対策やシステム更新などのために、実行中の仮想マシンをそのまま別のホストに移動するといった機能までも、当たり前のように提供されている。

真の魅力は「古い夢」と「新しい夢」の混在を許容してくれること

 筆者は、仮想化技術の真の魅力は新旧システムの混在を許容してくれることだと思う。冒頭の宮崎監督の言葉、「追憶と同時に『古い夢』と『新しい夢』を描いていくこと」。これはまさしく仮想化技術がエンタープライズ・システムにもたらすものではないだろうか。

 そう思うと、急に新しい仮想化ソフト製品を実際に試してみたくなった。どれくらいのパフォーマンスでちゃんと動くのか。いま一番興味があるのは、Windows 7と3Dグラフィックスに対応したPC仮想化ソフト「VMware Workstation 7」だ。6種の方式を使い分けられるデスクトップ仮想化ソフト「Citrix XenDesktop 4」やLinux標準KVMベースの仮想化ソフト「Red Hat Enterprise Virtualization for Servers」、新プロトコルで応答性を改善したデスクトップ仮想化ソフト「VMware View 4」なども興味深い。仮想化機能と省電力機能を強化したサーバーOS「Windows Server 2008 R2」のライブ・マイグレーション機能にも興味がある。

図●Intel VT/AMD-V機構の有無を確認するフリーソフト「VirtualChecker」

 残念ながら、今年2月に新調した自宅のデスクトップ機でこれらのソフトはほとんど試せない。というのは、購入時にプロセッサをケチった結果、Intel VT機構もAMD-V機構も備えていないからだ()。一方、会社のデスクトップ機はIntel VT機構を備えているようだが、メモリーが2Gバイトしかないし、いじって業務アプリケーションが動かなくなったら困ってしまう。というわけで、そのうち欲望が抑えきれなくなったらトライしてみようと思う。