「クラウド・コンピューティング」という用語を,記事やプレスリリースなどで目にしない日はほとんどない。調査会社の米ガートナーによると,8月時点でクラウドは“『過度な期待』のピーク期”にあり“幻滅期”に向かい始めているとのことだが,国内外を問わず数多くのICT企業が,今日現在もこの言葉をキーワードにビジネスを展開している。

 クラウドそのものは扱う範囲が広く,この言葉を使う立場によって大きく変わる。その動向については,既に多くの記事が公開されているため,筆者が重ねて述べる必要はないだろう。

 筆者が注目しているのは,国内企業の中でクラウドに積極的な姿勢を見せるNTTの動きだ。海外では米グーグルや米アマゾン・ドットコムなど新興のインターネット企業や米マイクロソフト,米IBMといったコンピュータ・ベンダーが主役の分野に,日本の通信事業者がなぜ取り組んでいるかを考える。

当初は「SaaS over NGN」を提唱

 NTTグループの中で「クラウド」という言葉を前面に出すようになってから,まだあまり時間は経過していない。2008年5月にNTTが発表した新・中期経営戦略「サービス創造グループを目指して」の中には,「クラウド」という言葉は見当たらないほどだ。当時は2008年3月に始めたNGN(次世代ネットワーク)とSaaS(software as a service)を連携させた「SaaS over NGN」をアピールしていたという背景がある。

 実はクラウドとSaaS/PaaS(platform as a service)/HaaS(hardware as a service)は,“看板”が違うだけで大きな差はない。通信事業者であるNTTとしての主眼は,自身が持つ通信回線やデータ・センター,プラットフォーム,サーバーなどのインフラをソリューションの一部として,ユーザーに提供することにあった。

 NTT各社のクラウド関連の活動が一気に勢いづいたのは,2009年が明けてから。NTTグループ研究開発部門の取締役が,「クラウド技術の開発が焦点」と発言したころから発表が相次いだ。具体的には,6月にNTTコミュニケーションズ(NTTコム)がクラウド・コンピューティング基盤技術「Setten」(セッテン)を活用した実証実験を発表,7月にはNTT持ち株会社,NTTコム,NTTデータの3社がSaaS事業者向けの「SaaS基盤共通機能群」の共同開発を発表した。11月にはNTT東西が中小企業向けにパッケージ・ソフトを届けるSaaSの提供を明らかにした。

 クラウドへのアクセス網としては,NGNのほかにNTTドコモが構築中の高速無線インフラLTE(long term evolution)網の活用が見込まれる。NTTドコモが展開するスマートフォンがクラウドと連携することで,従来のパソコンなどとは異なるアプリケーションを開発できる可能性も期待できる。クラウドというキーワードの下で,グループ各社のフォーメーションが具体化してきた格好だ。

クラウドに信頼性や品質を求める

 NTTで技術戦略を担当する宇治則孝代表取締役副社長は,同社のクラウドが具体化する前の2008年9月時点でその考え方を示していた。ポイントは,NTTが得意とする高いセキュリティや信頼性,サービス品質を前面に押し出して,社会インフラの構築にクラウドを使おうとしていることと,そのためにNGNの利用を前提としていることだった。

 背景には,海外で先行するクラウド・サービスがコスト面の負担が低い代わりにセキュリティ・ポリシーを明確にしていなかったり,サービス品質が保証されていないという点がある。ここに“通信事業者ならではの信頼性”を持ち出し,品質の高いネットワークを求める企業や公的機関のユーザーに訴えようとする戦略だ。

 同様の動きは海外の通信事業者にも見られる。英BTや米ベライゾンなども,品質を重視した通信事業者ならではのクラウドを指向している。

一般企業や公的機関をどう開拓する?

 ただ,折からの不況により企業ユーザーにはクラウドやSaaSに,コスト削減効果を期待している側面が強い。ソフトバンクが先週発表したSaaS/PaaS「ホワイトクラウド」は,ソフトバンクならではの料金面の分かりやすさを前面に押し出している。KDDIが6月から提供している「KDDIクラウドサーバサービス」も,明確な料金表を示すなど米国のクラウド事業者のサービスを意識したものになっている。

 こうした中で,“品質・信頼性が高い”つまり“料金が高くなりがちな”サービスをあえて使う用途はどこにあるのか。一般企業や公的機関をどう開拓できるかが今後を占うポイントになるだろう。

 急速にクラウドへの対応を打ち出すNTTグループの動向を俯瞰する狙いから,筆者は「『NTT版クラウド』の実像」というセミナーを企画した。同グループのクラウド戦略で陣頭指揮を振るうNTT宇治副社長に登壇いただくほか,主要各社のキーパーソンによる解説,さらに有識者によるNTT版クラウドへの提言まで盛り込んだ。NTTのクラウドの全体像に興味がある方はぜひ参加いただきたい。