『ミラーニューロンの発見~「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学』は、このところ注目されているミラーニューロンについての最新の研究成果を、同分野の研究者であるマルコ・イアコボーニ(カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授)が分かりやすくまとめた解説書である。

 ミラーニューロンとは、人間やサルがある行動を起こすときに発火する運動ニューロンのうち、他人(他個体)の行動を見るだけで発火するニューロンのことだ。20年ほど前にイタリアの研究チームによって偶然発見された。本書は、これをきっかけにして活発化したミラーニューロン研究の最前線を紹介しているが、面白いのは、人間同士のコミニュケーションとは何か、人間社会とは何か、そして人間とは何か、といった根源的な問題について、「謎解き」をしている点である。

 例えば、夫婦などが長年一緒に暮らしていると顔かたちが似てくるが、これは、夫婦同士がお互いにミラーニューロンのレベルで模倣(脳内模倣)し合っているからだという。この脳内模倣に続いて、大脳辺縁系の感情中枢に信号を送って、「共感」が生まれる。

 科学的には、ミラーニューロンから大脳辺縁系への経路を明らかにする必要があるが、イアコボーニらはまず解剖学的にこの両者を結んでいる「島」という脳領域を見つけた。さらに被験者がさまざまな表情をしている顔写真を見て模倣をしているときに、ミラーニューロン、「島」、大脳辺縁系の三つの領域が活性化していることを脳のイメージング手法である機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)で明らかにした。

 そもそもなぜミラーニューロンが誕生したのかについて、イアコボーニは、「赤ん坊が親と模倣し合う相互作用によって形成される」という仮説を紹介する。赤ん坊が笑えば、それに応えて親が笑う行動を繰り返すことで、赤ん坊の脳の中に親の笑顔を映し出すミラーニューロンが生まれる。親という最も身近な人間との相互作用から始めて、さまざまな他人と接してミラーニューロンによる模倣をし合うことによって、「共感」をベースとした集団の伝統や道徳を生み、文化を形成していく、と考える。

 しかし、ミラーニューロンの難しさは、そうした「共感」をベースにした道徳の基盤になっている一方で、人間社会に蔓延する暴力や薬物中毒の「基盤」にもなっている負の側面も持っているという点である。