任天堂が2009年中にゲーム機「Wii」向けに有料動画配信サービス「シアターの間」を開始する。販売台数が落ち着きを見せ,一時期ほどの勢いはなくなったWiiだが,国内で868万台,世界で5614万台という累計出荷台数が持つ影響力は大きい。

 Wiiはこれまで「お茶の間復権」を掛け声に,業界の常識を覆しながらゲーム人口を拡大してきた。伸び悩む動画配信の現状を打破する起爆剤として,期待が膨らむ。

 少し古いデータになるが,Wiiのネットワークへの接続率は40%という数字が2007年11月に発表されている。これを単純に現在の累計出荷台数に当てはめてみると。国内で動画配信サービスを利用できるWiiは,350万台程度あると考えられる。

 もちろん,ネット接続した350万台のWiiすべてが有料動画配信を利用するわけではない。それでも,J:COMオンデマンドが140万契約,アクトビラが130万接続,ひかりTVが76万契約という数字と比較すると,動画配信プラットフォームとしてのWiiのポテンシャルの高さを実感できるだろう。

ビジュアルを生かした軽快なインタフェースを期待

 動画配信プラットフォームとしてのWiiには,サービス,コンテンツ,ビジネス・モデルで,他サービスとは違うものを期待したい。サービス面では,ゲーム・ソフトで重視されている,ビジュアルを生かした軽快なインタフェースを動画配信の世界にも持ってきて欲しい。

 テレビやセットトップ・ボックス(STB)が内蔵するCPUの処理能力が低いという事情があるのは分かる。そうは言っても,既存のテレビ向け動画配信サービスの操作性には改善の余地がある。コンテンツの視聴にたどり着くまでの画面移動が多い,作品検索の操作性が悪い,といった具合だ。

 Wiiならゲーム用の高い処理能力を持つCPUを使って,高速に動作するインタフェースを作れるだろう。ソフト・メーカーらしい,グラフィカルで気の利いたコンテンツの見せ方や検索方法も可能ではないか。

 先行して提供している無料動画配信サービス「Wiiの間」では,コンテンツをニンテンドーDSシリーズで持ち出す機能を実現している。有料動画配信サービスでも,ぜひこうしたモバイル端末との連動機能を盛り込んで欲しい。DSで持ち出した動画をコミュニケーションのきっかけにするという使い方は,ゲームを媒介にした家族や友人とのコミュニケーションを重視する任天堂の考え方とも親和性が高いはずだ。

オリジナル番組を配信ラインアップの中心に据える

 コンテンツ面では,任天堂が持つ放送事業者との強い関係を生かして,ほかのサービスでは見られないものを提供してくれるのではないかとの期待が大きい。任天堂はこれまで,Wiiで利用できるEPG(電子番組ガイド)サービスや,Wiiの間へのコンテンツ提供を通じて放送事業者との関係を強めてきた。

 放送事業者や出演者など権利者の中には,「動画配信事業者は放送コンテンツの二次利用に依存するのではなく,配信用のオリジナル・コンテンツを積極的に制作することで,映像ビジネスの拡大に貢献すべき」との意見がある。任天堂はWiiの間で,放送事業者や制作会社が制作したオリジナル番組を配信ラインアップの中心に据えた。それによって,動画配信ビジネスが拡大すれば放送事業者や権利者のビジネスにもメリットがあるというメッセージを明確に打ち出してきた。

 さらにWii向け有料動画配信サービスの詳細を発表する場として,日本民間放送連盟が10月27日に開催した「第57回民間放送全国大会」の場を選ぶなど,放送事業者への気遣いを見せた。任天堂の岩田聡代表取締役社長は民間放送全国大会の講演の中で,それまで詳細を明らかにしていなかったシアターの間について,全国の放送事業者を前に開発中のインタフェース画面などを見せながら概要を説明。積極的なコンテンツの提供を呼びかけた。

 Wiiに先行する動画配信サービスは,一部のサービスを除いてどこも同じ事業者からコンテンツを調達するケースが多く,コンテンツのラインアップの違いを出すのに苦労している。放送事業者との強いつながりを生かして他のサービスにない幅広いラインアップを提供できれば,動画配信市場を活性化させるきっかけとなりそうだ。

有料動画配信の国際展開に注目

 ビジネス・モデル面での新機軸としては,有料動画配信の国際展開に注目したい。

 インターネットを利用したコンテンツ配信は,技術的には国際展開しやすい。しかし現状は,YouTubeなどの動画投稿サイトやプロモーション目的の無料配信を別にすれば,有料の動画配信サービスで国際展開しているものは多くない。

 背景としてハリウッドなどの大手スタジオにとっては,これまで地域別に展開してきた映画配給や映像の二次利用といった既存ビジネスへの影響を避けたいという理由が考えられる。小さなコンテンツ事業者にとっては,国際展開に対応できるユーザー管理や課金などのプラットフォームを自前で準備するほどの体力がないという理由があるのだろう。

 このうち後者については,任天堂が世界配信に対応する共通の配信プラットフォームを準備することで,コンテンツを世界配信するハードルが一気に下がる。米AppleがApp StoreでiPhone向けのアプリ販売基盤を整備したことで,小さなソフト・メーカーが世界を相手にビジネスできるようになった。同様の動きが,Wiiを基盤に動画配信でも起きることを期待したい。

 日経ニューメディアでは,2009年12月7日に放送事業者やコンテンツ事業者を対象とした「VODビジネスの今」の取り組みを当事者が語るセミナーを企画している(詳細はこちら)。NHKオンデマンドやJ:COMオンデマンド,アクトビラの担当者が各サービスの現状と今後について解説するほか,デジタル放送のデータ放送画面から直接動画配信サービスを利用できる新しいサービス「放送通信連携サービス」の最新動向についての講演も揃えている。動画配信ビジネスの最新動向に関心のある方は,ぜひ参加していただきたい。