筆者は「日経ソリューションビジネス」という雑誌で,「明るく,実りある営業会議」をテーマにした連載を担当している。

 筆者自身が「営業会議」のメンバーだったことは1度もなく(取材目的で潜入したことならある),とてもノウハウを語れる立場にないので,その道の専門家に寄稿という形でノウハウを伝授してもらっている。

 コンサルタントとして,様々な業種の企業で営業会議をつぶさに見てきた寄稿者の提案は「失敗例に注目するな。成功例に注目せよ」という単純明快なものだ。不況でどうしても暗く不健康になりがちな営業会議を,明るい,前向きなものにする。さらには,現場で実践できる様々なアイデアを生み出す場にする。そのためのノウハウである。

IT業界の営業会議にみられる特徴は

 連載企画を立てるにあたり,寄稿者に「IT業界の営業会議に特徴的なことはありますか?」と聞いた。すると寄稿者はこう言った。「反省や敗因分析,自己分析がくせになっている感じです。営業会議がすぐ反省会になる。そもそも分析スキルが非常に高いので,完ぺきに敗因を分析する。でもそれで終わってしまうんです」。そう言われてみれば,以前取材した話の中で,思い当たるふしも多々ある。だとすれば,「明るく,実りある営業会議」を提案する先として,格好の相手ということになるだろう。

 今日はその寄稿者から聞いた話のなかから,誌面で紹介しきれなかったものをいくつか紹介したい。名古屋にいる寄稿者とは,毎回,電話で記事の構成を詰めているのだが,そのときに出てきたエピソードである。

 どれも,一人の営業担当者,あるいは営業部門が,なぜ成功したのかを考え,それを再現すべく仮説検証をした結果,収穫を得たという話である。事実を基に,当事者や関係者に迷惑がかからないよう,少々変更を加えてある。

「外堀」は意外なところに

 住宅リフォーム業の営業A氏が飛び込み営業をしていたときの話である。目星を付けた一戸建ての家を訪ねると,その家の主婦と幼稚園児と思われる子供が出てきた。早速名刺を取り出し,「○×ホームの○×です。よろしくお願いします」と丁寧に挨拶した。

 ところが母親と話をしていると,その名刺を子供が奪っていじり出す。母親は「だめでしょ,おもちゃじゃないんだから!」と注意するが,言うことを聞かない。A氏はふと思いつき,その子供にもう一枚名刺を差し出した。せっかくなので「○×ホームの○×です。よろしくお願いします」と丁寧に挨拶もした。

 その後,ライバル業者B社との相見積もりなどもあったが,A氏は無事,その家からリフォーム工事を受注できた。後日,A氏は「なぜB社でなく,うちにして下さったんですか」と聞いてみた。すると母親は「正直言って,どっちにするか,なかなか決まらなくて。でも,うちの子がAさんがいいって言ったのよね」と答えたのだ。

 子供に名刺を渡したのは,特に営業効果を狙ってのことではなかった。「もったいないけど,まあ仕方ないか」くらいの気持ちだった。しかし,結果として受注の決め手になった。これ以降,A氏は子供にも名刺を配って挨拶することにしている。競争の激しいリフォーム業界では,相見積もりをとっても決定的な差がないことが多い。だからこそ外堀から埋めることが大事なのだ。そしてこの場合の外堀は子供だったというわけだ。

 ちなみに,その後実績を積んだA氏によると「効果があるのは,名刺をもらって嬉しがる年齢。つまり幼稚園の年中ぐらいから小学校の低学年ぐらいまでですね」ということだ。

自覚されている成功要因は少ない

 ゼネコンB社の住宅建設部門では「どうにかして受注件数を増やしたい」と,営業会議を開いた。最近受注した営業担当者をしつこくヒアリングしたところ,接客中に「ご近所の小学校の校舎も当社が建てさせて頂いたんですよ」という話をしたという。

 ほかの受注例も調べてみたところ,同じように小学校の校舎を建てた実績を話題にした例が複数あった。さらに,受注した顧客に決定の理由を聞いたところ,「小学校を作っている会社なら安心だと思った」という証言が実際に出てきた。

 そこでB社では早速,営業担当者全員が「自社を紹介する際には,付近の小学校や幼稚園,病院などの建築実績を紹介する」という試行を開始,結果として受注件数は伸びたという。聞けば簡単に思うかも知れないが,何が受注の契機になっているかは,自覚の外にあることが多いのだという。

 次の話はちょっと賛否の分かれる内容であるが,単純に面白かったのと,成功要因は予想外のところにあるという例として紹介する。やはり住宅設備関係の企業で飛び込み営業をしていたC氏。ある老夫婦から修繕工事を受注した。工事が終わり,請求書通りの入金も確認したある日,C氏は大きなミスに気付く。計算を間違えて,2倍以上高い金額を請求していたのだ。

 C氏は「いっそ黙っておこうか」とも考えたが,思い直して新しい請求書を作り,返金手続きをして,老夫婦のところへ謝罪に行った。老夫婦は「いやに高いなあ,と思ったが事を荒立てるのもいやなので支払った」と言う。丁重に詫びた上で,誤った請求書を返してもらい,精算した。

 ところが,老夫婦はC氏の対応に感心したのか,「あの人はいい人だから」と,知り合いにどんどん紹介してくれるようになった。結果としてC氏は新たに何件もの受注を獲得することになったという。

 「金の斧,銀の斧」のような美しい話,と思いきや,この話には少しあざといてんまつがある。味をしめたC氏は,わざと少し高い金額で請求し,後で「ちょっともらいすぎていたので,返金します」と謝罪しにいくという「いい人作戦」をしばらくの間続けたというのだ。とにかく,成功を再現できた例ではある。

「敗因分析=完璧な言い訳作り」である

 なぜ敗因分析よりも勝因分析なのか。高い分析スキルをもってすれば,物やサービスが売れない理由を上手に説明できるかもしれない。それを寄稿者は「完ぺきな言い訳」と呼ぶ。完ぺきな言い訳がなぜ必要なのか。それは「自分のせいではない」ということを証明するためであるという。

 一方,成功例の当事者にヒアリングしてみると,当人が成功の要因を自覚している例は,実は少ないそうだ。自分では当たり前と思ってやっていたり,無意識にやっていたりすることが,受注につながっているケースが大半なのである。

 だからこそ,周囲がヒアリングして(一人の場合は冷静に振り返り,あるいは顧客に聞いて)「これが勝因になったのではないか」と思ったら,全員が取り組んでみる。そしてその結果を伝え合い,よいものは採用する。例え少しずつでも,何かが改善され,何かが分かる。この方がはるかに健康的だろう。

 出版・メディア業界も,世のご多分にもれず,不況の大波をかぶっている。ITproの編集会議やチーム会議で試してみるのもよさそうだ。