「圧倒的なスケーラビリティ」「ハード/ソフトからサービスへ」「コスト削減に効く」---。クラウドコンピューティングを巡って,様々な報道や解説がされています。しかし,それらには大切な視点が欠けていると感じていました。システム開発に携わる“現場担当者“の視点です。

 クラウドのアーキテクチャは少しずつ明らかになってきました。にもかかわらず,筆者はその上で情報システムを開発・運用する姿をどうしてもイメージできませんでした。個人でサクッと作るアプリケーションならともかく,企業が業務で使う情報システムを実装しようとすれば,これまでのノウハウや方法論が通用しない局面もでてくるはずです。そのような疑問を,この欄で二度にわたって書いてきました(関連記事1関連記事2)。

 問題を提起した以上,その答えを自ら探すのは我々メディアの務めです。筆者は,その手がかりを事例に求めました。それが社内SNSのSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)「SKIPaaS(スキッパーズ)」です。TISの社内ベンチャーであるSonicGardenが2008年12月から提供しています。

 同社を率いる倉貫義人氏は,IT業界で知る人ぞ知る存在です。かつて日経SYSTEMSの座談会「アジャイルは現場をハッピーにしたか?」に参加してもらうなど,筆者も編集者として何度かお世話になったことがあります。

 SKIPaaSは,システム基盤にAmazon EC2/S3を利用しています。Amazon EC2/S3は米Amazonの子会社である米Amazon Web Servicesが提供する,OSやストレージをサービスとして提供するクラウド基盤です。SKIPaaSはクラウドを業務アプリケーションの基盤として使っている貴重なケーススタディなのです。

 日経コンピュータ2009年5月13日号の特集「今すぐ創ろう あなたがプロデューサー」で,SKIPaaS誕生の経緯を取り上げています。苦肉の策として生まれたものが事業として花開いていく課程は,心を打つものがあります。筆者は彼らの口から,クラウドに取り組む現場のエンジニアがこれから直面するであろう壁の乗り越え方を語ってもらいたいと思いました。

「経験したからこそ語れることを語ってください」

 当初はITproの連載として企画したのですが,紆余曲折を経て,書籍としてまとめることになりました。それが「クラウド Amazon EC2/S3のすべて」です。著者は,倉貫氏のもとでSKIPaaSの開発・運用に携わる二人のエンジニア,並河祐貴氏(ブログはこちら)と安達輝雄氏(ブログはこちら)です。

 「経験したからこそ語れることを語ってください」。企画の段階で,二人にはこうお願いしました。本書では「衝撃」「イノベーション」「変革」といった派手な打ち出し方を注意深く避けています。クラウドが情報システムの作り方に変革を迫ることを踏まえつつ,現場のエンジニアがAmazon EC2/S3上でシステムを設計する際に直面するであろう数々の疑問に丁寧に答えていこうと考えたからです。サブタイトルを「実践者から学ぶ設計/構築/運用ノウハウ」としたのは,そのためです。

 本書では,次のような疑問を解いていきます。

  • 負荷分散や冗長構成は?
  • ミドルウエアの設定方法は?
  • ライセンスの考え方は?
  • セキュリティの注意点は?

システム開発・運用に必要なサービスの使い方も紹介

 本書の特徴はもう一つあります。チュートリアル情報を充実させたことです。Amazon EC2/S3の登録や操作の手順を,マニュアルのように丁寧に記載しました。

 正直なところ,この書籍にチュートリアル情報を多く盛り込むことには,編集者としてあまり賛成していませんでした。上記のような設計のポイントに特化する方が得策と考えたからです。ですが,筆者の強い思いを受け,ここにかなりのページを割きました。

 結果的に,これは成功したと思っています。実はITpro編集部では,ちょうど1年前からレコメンド機能にAmazon EC2を利用しています(関連記事)。当時,担当者は英語のマニュアルと悪戦苦闘しながら頑張っていたものです。

 筆者はこの書籍を手引きにすることでわずかな時間で済ませることができました。Windows XPの画面上に,突如としてWindows Server 2003が表れるのは,(こういう言い方も変ですが)面白い体験です。

 Amazon EC2/S3や付帯サービスについての日本語のマニュアルがまだ乏しい現時点で,この情報は貴重だといえます。チュートリアルには,登録や基本的な使い方だけではなく,情報システムを開発・運用するのに必要なサービスの使い方も載せました。例えば,次のようなものです。

  • 仮想サーバーの丸ごとバックアップ
  • 固定IPアドレスの取得/割り当て
  • コンテンツ配信サービスの利用
  • ロードバランス・サービスの利用

 筆者によるコミュニティサイトが設けられていることも本書「クラウド Amazon EC2/S3のすべて」の特徴です。コミュニティサイトのURLはこちらで,書籍の内容に関するフォローやAmazon EC2/S3のサービスに関するディスカッションなどを展開する予定です。ぜひ書籍をお買い求めの上,アクセスしてみてください。