民主党政権になり,通信行政にも変化が起こりつつあるようだ。原口一博総務大臣の肝いりで開かれた「グローバル時代の情報通信政策に関する作業部会」が一つの表れといえる(関連記事1関連記事2関連記事3)。

 この中では,これまでの四半世紀にわたる競争政策が,電気通信市場の公正競争促進や消費者の利便向上などにもたらした効果を検証/総括したり,新たな雇用と需要創出のためにICT産業全般の国際競争力強化に向けた検討を行ったりするという。

 そこで筆者として一つ提案がある。新政権で「成層圏プラットフォーム」を再検討してもらえないだろうか。

ミレニアム・プロジェクトのテーマの一つだったが…

 筆者は通信関連の雑誌に長く在籍していたこともあり,総務省(前郵政省)の取り組みを記事にする機会が多くあった。中でも思い入れがあったのが,「成層圏プラットフォーム」である。過去に「記者の眼」でも取り上げている。

 成層圏プラットフォームは,気象条件が比較的安定している高度約20kmの空中に無人の飛行船を滞空させ,通信や放送,地球観測などに利用しようというもの。1999年に当時の政府が打ち出した「ミレニアム・プロジェクト」で,「地球温暖化防止のための次世代技術開発」の一テーマとして取り上げている。

 ミレニアム・プロジェクトで成層圏プラットフォームを地球温暖化防止策と位置づけたのは,温室効果ガスの直接観測を目的としていたからだ。筆者はその目的よりもむしろ,ブロードバンドや携帯電話および地上デジタル放送のためのインフラとしての効果に注目していた。おおよそ50機の飛行船があれば日本全国をカバーできる成層圏プラットフォームは,衛星通信よりリスクもコストも少なく,同等以上の効果が期待できたのである。

 ところが2006年2月に,「平成16年度の定点滞空飛行試験をもって,予定していた所期の研究開発が終了した」として,このプロジェクトは終了してしまった。中核的な役割を担っていた独立行政法人情報通信研究機構の「三鷹成層圏プラットフォーム・リサーチセンター」「横須賀成層圏プラットフォーム・リサーチセンター」も閉所された。

 「ミレニアム・プロジェクト(新しい千年紀プロジェクト)について」という文書には,成層圏プラットフォームの目標として「2003年度までに,二酸化炭素等の温室効果気体の直接観測を可能とする成層圏滞空飛行船(成層圏プラットフォーム)による観測を実施する」と記載されていた。この目標は実現できずじまいだった。この間,成層圏プラットフォームに費やされた予算は173億円になる(「成層圏プラットフォーム研究開発の企画・運営等分野における取組み」より)。

魅力あるプロジェクトを再発掘すべき

 成層圏プラットフォームに対して,単純に「投資額が大きいからけしからん」というつもりはない。ただ,実用化を視野に入れないままプロジェクトをスタートさせ,「やっぱりできないから途中で止めよう」と投げ出されてしまった印象を受けてしまうのも確かだ。

 プロジェクトが途中で頓挫してしまった理由はいくつかあるだろう。例えば,総務省と文部科学省という2省庁が関与することによって,責任体制が不十分だった。目的に「温室効果ガスの直接観測」だけでなく「通信・放送プラットフォームへの利用」を加えるかどうかという点について,共通の認識がなかった点などもあったようだ。技術面でも,電源関連の軽量化や低圧環境下での対応など,まだまだ解決されなければならない課題が多いと思われる。

 それでも,将来的に大きな効果が期待できるプロジェクトであれば,途中で投げ出さずに継続して推進するという道もあるはずだ。基礎技術が確立していないからと頓挫したプロジェクトでも,現在の技術であれば実現できる可能性もある。特に,環境対策を強く打ち出す民主党政権と,成層圏プラットフォームのコンセプトは近いものがあるように見える。

 新政権が進める「グローバル時代の情報通信政策に関する作業部会」で議論される内容からは少し外れるかもしれないが,人材を育成し,ICT産業全般の国際競争力を高めていくには,こうした夢のあるプロジェクトの存在は大きく影響するはずだ。成層圏プラットフォームのほかにも,計画半ばにして埋もれてしまった魅力あるプロジェクトはあるだろう。そうしたプロジェクトを推進することが,日本の将来にプラスになると筆者は考えている。