2009年10月29日発売予定の日経情報ストラテジー12月号では「第2回現場改革力ランキング」を掲載する。現場改革力に優れた企業を独自の分析で100位まで順位付けしたうえで、任天堂やニトリなど11社を直接取材した。リーマンショック後の景気後退局面でも業績を伸ばすか、あるいは、悪影響を最小限に抑えている上位企業では「他社の目」「場作り」「仕組み」の3要素が共通して機能していることが分かった。
企業として中長期的に付加価値を生み続けるには、現場の知恵を引き出す場作りが欠かせない。任天堂やニトリでも、社長や専務など経営トップが現場と交流するなかで改革のきっかけをつかんだり、士気を高めたりしている。
「この社長の下なら家族を守れると思った」
今回ランク入りした産業用ロボット・制御機器大手、安川電機も場作りに取り組んでいる1社だ。9月、同社が人材育成を目的として開いている対話会「Yわい倶楽部」の場を3時間にわたって見学した。利島(としま)康司・取締役社長と、13人の現場リーダーたち(40歳前後の中堅社員が中心)が直接話す場だ。
2007年から実施しているこのYわい倶楽部はこの10月までに64回を数え、対話した社員の数は累計1000人に達した。グループ全社員(約8500人)の1割以上になる。利島社長は「人づくり推進担当」を兼務しており、社長が旗振り役になっている。「気楽にまじめに」が利島社長のモットーだ。ちなみに、Yわい倶楽部にはオリジナルの旗があり、対話会の場で利島社長の後ろに掲げてあった。
終了後に社員に話を聞くと、「利島社長は親近感がある。この社長の下なら家族を守れると思った」「管理職として、部下一人ひとりと向き合って対話しなければ思いは伝わらないということを、利島社長から学んだ」といった具体的な感想が聞けた。「刺激を受けた」「勉強になった」というだけでは済まない大きな影響を受けたようだ。
記者は様々な企業の社内会議や社内発表会を見学してきたが、これまで見たものとはずいぶん様相が違った。利島社長も参加者も緊張した様子がない。社長の前でも、社員から本音がどんどん出てくる。
その理由として、対話会の運営の仕方に3つのポイントがあった。
トップが聞き役に回りアドバイス
第1のポイントは、社員に事前準備の負担をかけさせないことだ。社員は、毎回決められたテーマについて3分ずつ話す。この日は「チーム安川の進化する姿」というテーマで、「自分やチームの進化・成長のために、あなたは何にチャレンジして、どう取り組んでいるか」という問いに答える形で話していた。テーマに沿う限り話す内容は自由だ。社員は、パワーポイントや配布資料などは一切用意しない。
工場の生産ライン改革の成果について話した人もいれば、異動・昇進したばかりなので新しい仕事に対して不安だと話した人もいる。部内の人間関係のトラブルで悩んだ経験を話した人もいた。
第2のポイントは、利島社長が一方的に話さず、聞き役に回ることだ。利島社長は社員の3分間の発表の間、ひたすらメモを取る。そして発表の後、具体的なコメントをする。例えば、「生産ライン改革の成果はすばらしい。工場を背負ってくれている」と持ち上げつつ、「ハンダ付けでも手作業工程のロボット化でもいいので、コアとなる得意分野を持てば、生産管理のスペシャリストとしてもっと成長できるはず」とアドバイスしていた。「もっと頑張れ」「早く計画を達成しろ」などと命令を下すのではなく、社員が自発的に成長の方向を考えるように仕向けるためのコメントだ。
第3のポイントは、利島社長が事前準備をすることだ 。利島社長といえど、3分間で社員一人ひとりの、人となりを把握するのは不可能である。そこで、事前に事務局が、経歴・業務内容から性格までを含めた参加者の情報を取りまとめる。利島社長はそれを読み込んでからYわい倶楽部に臨む。だからこそ、業務への理解が不十分なまま的外れなコメントをすることが無い。
現場との距離を縮めたいと考える経営者や部門長は少なくないだろう。だが、この3つのポイントを外している場合が多いのではないだろうか。プレゼンの準備をして臨んだ揚げ句に、その内容が理解されないままトップから一方的な演説や命令を聞かされたとしたら、社員にはマイナスの効果しかもたらさないだろう。安川電機のYわい倶楽部の事例は、良いお手本になるはずだ。